【大商大-京産大】関西六大学野球の秋季リーグ戦で力投する星野世那投手=京都市のわかさスタジアム京都で2026年9月23日午後1時48分、塚本紘平撮影 4年前、プロ注目エースの2番手として春夏の甲子園に臨んだが、満足のいく投球はできなかった。そんな過去を持つ、大阪商業大の左腕・星野世那(22)は、大学生活を経て、1位候補とまで呼ばれる存在に成長し、22日のドラフト会議を迎えようとしている。 「自分には到底いけるはずのない世界だと思っていた」というプロの世界。そこに手が届きそうなところまで来た。本人が驚くほどの成長曲線を描いた裏には、「あの試合」で得た自信と悔しさがあった。「何もできなかった」あの夏 力感がなく、左腕が遅れて出てくるようなフォームから繰り出される140キロ台のストレートにキレがある。 9月下旬にあった関西六大学野球の秋季リーグ戦、京産大との一戦に先発。ほぼ毎回走者を背負いながらも、ピンチでは一気にギアを上げ、七回途中無失点でマウンドを降りた。試合前のキャッチボールで爪が割れるアクシデントも意に介さず粘投。高校時代とは見違えるような気迫を見せた。 「近江高(滋賀)の星野」と言えば、コアな高校野球ファンなら名前を思い出すかもしれない。近江高3年だった2022年、選抜高校野球では準優勝、夏の甲子園では4強入りした。試合中の負傷や疲労を乗り越えて熱投したエースの山田陽翔が話題を呼んだ。その山田が「おまえがしっかりしてくれないと困る」と期待し、励ましていたのが星野だった。 星野は滋賀県出身。地元の強豪・近江高に進学してから投手に専念するようになった。だが、同級生には後に22年ドラフトで西武から5位指名を受け、入団する山田がいた。当時は、投手としての実力差は明確。そんな状況でも星野は腐らなかった。「山田に勝とうとは思わなかった。山田が楽に投げられるようになればチームは勝つ。イニングを投げられるようになろう」。誰よりも練習をする山田に刺激を受けながら研さんを積んだ。 3年の春の選抜大会は特殊な大会での出場だった。新型コロナウイルスの影響で出場を辞退した京都国際に代わって、繰り上げ出場した。星野は背番号9でベンチ入りしたが、1回戦から準決勝までエースの山田が完投。決勝では4点を追う三回途中から満身創痍(そうい)の山田に代わって救援したが猛打に圧倒され続け、5回3分の1を投げて14失点と散々だった。 悔しさをバネに最後の夏の甲子園にも出場した。中継ぎで4試合に登板し、計7回を投げて3失点(自責2)。特に輝いたのは準々決勝の高松商戦。7―6の八回1死一、二塁で山田をリリーフしてピンチを脱出。九回も無失点で締めた。 それでも星野は当時について、反省を口にした。「山田に頼り切りで、自分がもう少しイニングを稼げていたら山田の疲れもなかった。(準決勝で敗れた)下関国際戦で山田の疲労がたまっているのがわかり、申し訳なかった。高校時代は何もできなかった」ターニングポイントは「あの試合」…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事