晴海フラッグのマンション群を背景に立つ、自治会副会長の入倉拓海さん=東京都中央区で、古清水海斗撮影 東京・晴海の東京オリンピック・パラリンピックの選手村跡地に誕生した大規模マンション群「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」(東京都中央区)。独自の歴史を持つこの街では今、住民たちが新たな伝統を築こうとしている。その一翼を担うのが、自治会副会長を務める大学3年生の入倉拓海さん(23)だ。自治会主催イベントの運営や学生コミュニティーの形成に取り組む入倉さんの姿を通じ、街の歩みを追った。【早稲田大・古清水海斗(キャンパる編集部)】オリパラ選手村跡地に生まれた街 東京の港湾・物流機能を支える拠点として整備されてきた歴史を持つ晴海地区は2021年、世界から注目を集める舞台となった。東京オリンピック・パラリンピックの選手村が設けられ、世界各国から選手たちが集まったためだ。大会後は建物の改修や新築などを経て、四つの住宅街区と商業施設、保育・介護施設などからなる晴海フラッグへと生まれ変わった。Advertisement 24年に街開きを迎えた晴海フラッグは、約18ヘクタールの敷地に住宅棟が23あり、合計で5632戸が入居する大規模な街だ。25年には2棟の50階建てタワーマンションへの入居も始まった。東京都によると、26年8月時点で1万1200人を超える人々が暮らしている。 この街の未来を住民自らの手で作ろうと活動するのが、24年7月に発足した「HARUMI FLAG自治会」だ。住民同士の交流促進から防犯、防災、交通環境の改善まで、幅広い活動に取り組んでいる。 自治会を特徴づけるのは、役員の多彩な顔ぶれだ。現在は24人の役員が中心となって運営しており、その中には弁護士資格を持つ人やIT企業経営者、金融やマーケティングの専門家など、さまざまな分野で活躍する人々が集まる。自治会オフィスで取材に応じる入倉拓海さん。羽織っているのは、盆踊り大会などの自治会主催イベントの際に着用する役員専用の法被=東京都中央区で、古清水海斗撮影「もっと良い街に」と自治会に入会 そんな多士済々の自治会役員の中に、1人の大学生がいる。法政大学経済学部3年の入倉さんだ。両親との3人暮らしで、25年11月に横浜市保土ケ谷区から晴海フラッグへ引っ越してきた。 東京湾を望む景観や整った街並みに魅了された一方で、違法駐車や白タクなどの迷惑行為も目にした。晴海フラッグの住民専用オープンチャットでは、報道によって世間にも流布されたこうした問題のほか、ゴミ出しのマナー問題、夜の騒音問題、住民同士のコミュニケーションの希薄さを指摘する声が多く上がっていた。 自治会の存在を知ったきっかけは、マンション棟の掲示板で自治会が役員募集をしているのを目にしたことで、「この街をもっと良くするために、自分にできることはないか」と考え、今年3月にまずオブザーバーとして入会した。「大学生は学業やアルバイトに取り組みながらも、社会人に比べて自由に使える時間がある。その時間を街のために役立てたい」という思いもあった。 入会して、自治会には30~40代を中心にさまざまな分野で活躍する社会人が集まっていることを知った。そうした人々とともに活動することで、自身の成長にもつながるのではないかという思いも膨らんだという。 もっとも、参加当初から自分の役割が明確だったわけではない。一学生として何ができるのかという不安もあった。それでも「まずは現場に飛び込み、行動する中で自分の役割を見つけていこうと考えた」という。自治会オフィスで自治会の活動や街づくりへの思いを語る会長の荒瀬勇太さん=古清水海斗撮影取り組みの姿勢を買われて副会長に 晴海フラッグ自治会が掲げるスローガンは「新しい街、新しい伝統」。自治会長の荒瀬勇太さん(43)によると、このスローガンには「中央区には日本橋や銀座など、歴史の深い地域がある。晴海フラッグでも、住民の手によって長く続くような文化や伝統を作っていきたい」という思いが込められている。 晴海は長く東京の港湾・物流を支える拠点であったことに加え、五輪選手村が設けられる以前から、国際見本市などを通じて世界の文化や技術が交わる場所でもあった。しかし大勢の住民が暮らす街としての歴史は始まったばかりで、街の伝統は、住民の手で一つ一つ築いていく必要がある。 そうした思いを背景に自治会は発足後、さまざまなイベントを実施しているが、その代表格が今年7月に開催された、「晴海ふ頭公園盆踊り大会」だ。前年に続く2回目の開催で、東京湾を望む会場の晴海ふ頭公園には、住民だけでなく周辺地域の人々も参加し、2日間で約2万1000人が訪れた。「晴海ふ頭公園盆踊り大会」は、前年を超える盛り上がりとなった=東京都中央区で7月11~12日、HARUMI FLAG自治会提供 入倉さんは、同大会の告知チラシの全戸投函(とうかん)など事前の準備に奔走した。そんな入倉さんを荒瀬会長は「自分のやりたいこと、できること、やるべきことを探して動いてくれている」と高く評価。同月には荒瀬会長の推薦を得て、副会長の一人に登用された。「うれしさと同時に責任感が生まれた。学生という立場に甘えず、肩書に見合った仕事をしていきたい」と思ったという。「人の輪」広げる映画イベント 副会長に就任した入倉さんが特に力を注いだのが、今年9月に開催した入場料無料で映画4作品などを上映した自治会主催映画イベント「HARUMI SUNSET CINEMA」だ。のべ1000人超が来場した同イベントでは、晴海ふ頭公園ほか計4会場のすべてで本編上映前に晴海の歴史に関するスライドショーを行った。 また水素ステーションを整備するなど環境先進設備も併せ持つ晴海フラッグらしく、サステナビリティー(持続可能性)をテーマとする体験・展示も実施。映画という共通体験を入り口に、晴海の歴史・現在・未来をつなぐ構成となった。晴海フラッグのマンション群を背景に、芝生の上で映画を鑑賞する「HARUMI SUNSET CINEMA」の来場者たち。地域に一体感が生まれる機会となった=東京都中央区で9月26日、古清水海斗撮影 開催に向けた準備では、参加者の安全な移動経路の確保や警備態勢の構築をはじめ、晴海や周辺地区の個人経営の店舗約50店を訪ね、チラシの掲示を依頼した。また晴海フラッグの住民を通じて周辺マンションにも働きかけた。イベントを晴海フラッグの住民だけでなく、周辺地域の人々にも知ってもらうためだ。実際、参加者は住民だけではなく、近隣の勝どきや月島などから来た人もいたという。 ただ大学生活との両立は容易ではなかった。入倉さんにとって優先すべきは学業と就職活動であり、その方針は周囲の役員にも共有されている。それでも、残された時間の多くを自治会活動に充てた。映画イベントの開催前には「私生活に割く時間をほとんど確保できないほど忙しかった」という。 活動を通じて学んだことも多い。周囲の社会人の役員たちは、本業を抱えながらも、大きな責任を引き受けて自治会活動に取り組んでいる。自分よりも限られた時間の中で仕事と地域活動を両立する姿を見て、時間の使い方の重要性を実感したという。晴海フラッグ内の選手村記念碑の前に立つ入倉拓海さん。大会時の選手村マップや案内看板が随所に残されており、東京2020オリンピック・パラリンピックのレガシーが感じられる街づくりが行われている=東京都中央区で、古清水海斗撮影若い世代の声を生かしたい 入倉さんが今後、もう一つ力を入れたいと考えているのが、若い世代の仲間づくりだ。晴海フラッグには子育て世代やシニア世代など幅広い年代の住民が暮らす一方、高校生や大学生は比較的少なく、同世代が交流する機会も限られているという。学生の視点を地域の取り組みに反映させる余地があると感じている。 そこで入倉さんは、映画イベントの準備を進める傍ら、今年8月に学生同士の交流を目的とするサークル「学生の会」を発足させた。現在、晴海フラッグ在住の高校生や大学生を対象に参加呼びかけを行っている。学生層の住民が同世代とのつながりを築ける場であることはもちろん、サークル内で生まれた学生ならではの意見を自治会活動にも反映させ、これまで以上に幅広い世代が参加できる取り組みにつなげたいという思いがある。「まずは参加しやすい活動から関わってもらい、少しずつ仲間を増やしていきたい」と考えている。「若い人の活動を若い人は見ている」と、荒瀬会長は学生層への波及効果に期待を寄せる。晴海フラッグに隣接する晴海ふ頭公園の「TOKYO」のモニュメントの前に立つ入倉拓海さん。東京臨海部の新たなシンボルとして2024年3月に完成した=東京都中央区で、古清水海斗撮影住民同士が助け合える未来へ その先に入倉さんが思い描くのは、世代を超えて住民同士が助け合える街だ。近年、地域コミュニティーの希薄化が課題となる中、同じ街に暮らしていても、近隣住民と接点を持つ機会が少ないことを問題視している。だからこそ「街の中に顔見知りがいて、困った時には互いに助け合える関係を作りたい」という。 大学を卒業し、就職した後も、長期的には地域に関わり続けたいという。まずは社会人として経験を積み、自身の専門性を高める。その期間を将来の地域貢献に向けた準備期間と捉え、「いつか仕事で培った知識や経験を街づくりに還元したい」と、晴海フラッグの未来を見据えている。