映画の推し事:テレビジョン、トーキング・ヘッズ、ラモーンズ……パンクを生んだカオスな聖地「CBGB」

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「CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所」Ⓒ2013 Film CBGB, LLC. All Rights Reserved. 「歴史」を創り、一時代を生み出す人がいる。そうした人々は、決してスマートな優等生ではなく、「圧倒的なビジョン」「行動力と執念」「時代の変化(タイミング)」の三つを兼ね備えている。 既存の枠組みにとらわれず、まだ誰にも見えていない未来を思い描き、批判や反対、失敗をものともせず、信念を曲げない。Advertisement そして何より、矛盾や不満が渦巻く「時代の転換期」に、その変化を敏感に感じ取る。たとえ何度もビジネスに失敗し、人生のどん底にいたとしても、その三つを持っていれば、復活のチャンスはある。 「CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所」は、後にパンクの聖地となった場所から新しい時代を創り上げた、人間くさい男の音楽伝記映画である。粗削りだがこびない若者の音楽 1970年代半ばのニューヨーク。 当時の街は財政破綻寸前で、地下鉄は落書きだらけ。犯罪が多発し、多くの地域が荒廃していた。なかでもマンハッタン南部、ローワーイーストサイドの片隅、バウワリー周辺は、身寄りのない人々の簡易宿泊所やリカーショップが並ぶ治安の悪いエリアだった。「CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所」Ⓒ2013 Film CBGB, LLC. All Rights Reserved. 社会のメインストリームから外れた人々が行き着く、いわば「吹きだまり」。巨大資本のオフィス街とは地理的にも精神的にも隔たった、その退廃的なエリアの一角、バウワリー315番地に一軒の小さなライブハウスがあった。 名前はCBGB。「Country,Blue Grass and Blues」の頭文字を掲げながら、そこから鳴り響いたのは、看板とは似ても似つかない、けたたましく、粗削りで、誰にもこびない若者たちの音楽だった。 この小さなクラブが、後に「パンク/ニューウエーブの聖地」と呼ばれることになる。2度の離婚と破産宣告 映画の主演は、「ハリー・ポッター」シリーズのスネイプ役で知られ、2016年にこの世を去ったアラン・リックマン。彼が演じるのは、CBGBの創設者であり、「パンクのゴッドファーザー」とも呼ばれるヒリー・クリスタルだ。 面白いのは、ヒリーが最初から「音楽史を変えてやろう。新しいパンクの時代を作ろう」などと思っていたわけではないことだ。彼の夢は、店の名が表すように、カントリー、ブルーグラス、ブルースをはやらせることだった。それなのに、なぜかパンクの聖地となり、音楽史を塗り替えていくことになる。「CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所」Ⓒ2013 Film CBGB, LLC. All Rights Reserved. かつてミュージシャンだったヒリーは、老舗ジャズクラブのマネジャーを経て自分の店を持つものの、経営に2度失敗。私生活では離婚も経験していた。2度目の破産宣告を受けた後も、懲りずに母親から投資を受け、「危険地帯」のバウワリー通りで再出発する。 ステージも配線も水回りも自分で作る。しかし、客もミュージシャンも来ない。そこへふらりと現れたのが、若いバンド、テレビジョンだった。オリジナル曲をやれ 自分がイメージしていた音楽とは程遠かったものの、ヒリーは彼らに「何かある」と感じ、ただ一つの出演条件を提示する。 「オリジナル曲をやること」。この何気ない条件こそが、やがて音楽の歴史を動かしていくことになる。 テレビジョンが雑誌に取り上げられたことでCBGBの名は徐々に広がり、名もなきバンドたちが次々とオーディションにやって来た。ラモーンズ、パティ・スミス、ブロンディ、トーキング・ヘッズ、デッド・ボーイズ……。「CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所」Ⓒ2013 Film CBGB, LLC. All Rights Reserved. ブルーグラスの店にするつもりだったのに、気づけば若いパンクたちのたまり場となり、店の看板には「OMFUG(音楽の大食漢を高揚させるその他の音楽)」という文字まで加えられた。 当時のニューヨークには、無名の若者たちが自分たちの音楽を自由に演奏できる場所はほとんどなかったという。後にトーキング・ヘッズのデビッド・バーンが、CBGBについて「オリジナル曲を演奏できるクラブなんてなかった」と語っていることからも、その場所が若いバンドにとっていかに貴重だったかが理解できる。スモール イズ ビューティフル 客が増えても経営は赤字続き。台所は火の車だった。それでもヒリーは、バンドメンバーには飲み食いを自由にさせ、お金のない若者たちからも入場料を取らなかった。店を手伝う娘の怒りをよそに、「自分の店で酒を飲んだ者は仲間だ」と、客に酒を振る舞い続けた。 経営者として見れば、ほとんど失格である。しかし、そんな彼が大切にしていた一冊の本がある。E・F・シューマッハーの「スモール イズ ビューティフル」だ。巨大化や効率化を優先する大量生産、大量消費の社会を批判し、人間を中心とした小規模で持続可能な経済を説いたこの本を、ヒリーは愛読していた。「CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所」Ⓒ2013 Film CBGB, LLC. All Rights Reserved. 映画では、その思想が大仰に説明されるわけではない。けれど、汚れたトイレ、ステッカーやフライヤーで埋め尽くされた店内、犬のジョナサンが歩き回る空間、そして社会からこぼれ落ちた若者たちを受け入れていくヒリーの姿を見ていると、彼が目指しているのは「人間性への回帰」なんだと次第に分かってくる。 彼は、サウンドエンジニアに路地裏で機材を修理していた若者を迎え入れ、ジャンキーのバイオリニストさえ仲間にする。お金もなく、居場所もない者たちにとって、CBGBはただのライブハウスではなかった。「ここにいていい」と思える、懐の深い場所だったのだ。誰にも愛されなくても応援する 彼はお金もうけよりも、若者たちが表現できる場所を守ることを最優先にした。オーディションに来たバンドがどんなに演奏が下手でも、そこに「オリジナルな何か」があればステージに立たせた。効率や利益を求めるドライな巨大ビジネスとは、正反対のやり方だった。 やがて、ヒリーに「お前たちは誰にも愛されないだろうけど、応援する」と言われたラモーンズはいち早くレコードデビューを果たし、パティ・スミス、トーキング・ヘッズ、テレビジョン、デッド・ボーイズ、ブロンディらも、この小さなステージから世界へと羽ばたいていった。 映画では、熱気あふれるステージの裏側で、経営難を嘆く娘とヒリーとの葛藤も描かれる。家賃の支払いも滞り、ついに3度目の破産宣告を受けることになるのだが……。ここから先は、ぜひ映画館で見届けてほしい。ミュージシャンをそっくり再現 この映画は、パンクを聴きながら青春を過ごした人にはたまらない一作だろう。ラモーンズ、パティ・スミス、ブロンディ、トーキング・ヘッズ、イギー・ポップ、客席にはルー・リード。さらに、ここでアメリカ初ライブを行ったザ・ポリスまでが登場する。「CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所」Ⓒ2013 Film CBGB, LLC. All Rights Reserved. 往年のミュージシャンを演じる俳優たちの再現度が、とにかく高い。あまりにたたずまいがそっくりなので、思わずほくそ笑み、時には懐かしさに目を潤ませてしまうほどだ。 ちなみに、ブロンディのステージを邪魔するイギー・ポップを演じるのは、フー・ファイターズのドラマー、テイラー・ホーキンス。デッド・ボーイズのギタリスト、チーター・クローム役は、「ハリー・ポッター」シリーズのロン・ウィーズリー役で知られるルパート・グリントだ。資本主義の「小さな隙間」 映画を振り返って、改めてこう思う。CBGBは「奇跡の交差点」だった、と。 直情的なラモーンズ。文学的なパティ・スミス。ポップでクールなブロンディ。知的でエキセントリックなトーキング・ヘッズ。ドライなやつも、ウエットなやつも、オタクも不良もいた。これほどバラバラな個性が、「古い常識に縛られず、自分たちの新しいリアルを作る」という一点で、同じ汚れたライブハウスに集まっていた。それを可能にしたのが、ヒリーだった。「CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所」Ⓒ2013 Film CBGB, LLC. All Rights Reserved. ご存じのように、ニューヨークという街には二つの顔が同居している。巨大資本が利益と効率を追い求める、冷徹な顔。もう一方は、社会のはみ出し者を受け入れ、小さなコミュニティーの中から新しいカルチャーを生み出していく、泥臭くて熱い顔。CBGBはまさに後者だった。 汚いトイレも、壊れがちなステージも、すべてがヒリーの手の届く「スモール」な世界だった。だからこそ、孤独な若者たちはそこを「我が家」のように感じたに違いない。 そして、そこが資本主義のドライな論理が届かない小さな「隙間(すきま)」だったからこそ、ニューヨークのパンクたちは誰にも邪魔されずに自分たちの才能を開花させることができた。自分の音を鳴らせ ヒリー・クリスタルのような、何度失敗しても自分の美学を曲げない大人。そんな大人が若者のそばに一人いることが、どれほど大きな意味を持つことか。「下手でもいい。売れなくてもいい。オリジナルをやれ」。ヒリーが彼らに提供したのは「自分の音を鳴らす」という「自由」そのものだった。それが、時代を変えたのだ。「CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所」Ⓒ2013 Film CBGB, LLC. All Rights Reserved. 歴史を創るのは、必ずしも巨大な資本でも、権力でもない。メジャーなマスコミからは見向きもされない小さな場所で、「何かある」と信じて若者たちをステージに立たせ続けた、そんな人間くさい1人の男の執念が新しい時代を創り上げたのだ。 時にゴキブリがうごめき、床には犬のフンが落ち、壁はフライヤーや落書きで埋め尽くされた悪臭漂うカオス、CBGB。そこにはいつもそれぞれの「自分のサウンド」が鳴っていた。 ここは、見た目とは異なり、「スモール イズ ビューティフル」の思想が根底に流れ、カウンターカルチャーが花開いた場所。「自分の音を鳴らせ」というパンクの精神は、純粋なハートを持つこの聖地から世界に羽ばたき、多くの若者たちへと受け渡されていった。(北澤杏里)