サーフィンの仲間らと記念撮影するジャリさん(前列右。後列左が井柳宗男さん)。レゲエをイメージしたサーフボードはジャリさんのもの=神奈川県鎌倉市の由比ガ浜で2026年9月27日午後0時46分、田原和宏撮影 穏やかな湾からの風と波の音が心地よい。神奈川・三浦半島南部の小網代湾。JAHLI(ジャリ)さんのライブが始まった。パラサーファーで世界選手権に出場した経験を持つジャリさんの本職はレゲエシンガー。9月初め、毎年恒例のライブを訪ねた。 「ヤーマン(みんな元気か)。あまりにも優しさがないんじゃないですか。世の中、見て見ぬふりをする人たちがたくさんいる。きょうはレゲエミュージックを聴いてポジティブバイブレーション」 車いす姿でステージに現れたジャリさん。力強く、けれども優しい声で語りかける。「ZION(ザイオン)」と題したライブはジャリさんのそんな言葉から始まった。 ザイオンとは「約束の地」という意味。レゲエの生まれた中米カリブ海のジャマイカは、労働力として西アフリカから奴隷として連れてこられた人々の子孫が多く暮らす。彼らの抵抗の歴史や日々の生活からレゲエは生まれた。歌詞に「愛」や「神」など宗教的な要素が多いのは、アフリカ回帰を宗教的に唱えるラスタファリ運動と強く結びついているから。その信奉者をラスタと呼ぶ。 ジャリさんはこう自己紹介し、歌い始めた。 「いろいろな問題を抱えながら生きています。俺は川に飛び込んだら浅くて首を折っちゃいました。でもこうやってみんなの前で歌って、笑って、踊って。問題は乗り越えられるということじゃないかと。ヤーマン(そうだろ)」 最初の曲はルーツ・レゲエと呼ばれるジャンルの名曲「サタ・マサガナ」。「約束の地」への思いを歌った曲は力強く哀愁を帯びる。観客にも分かるように、即興で日本語の歌詞も挿入する。 「たくさんの川を乗り越えて行く先はきっとそこにあるのさ。ザイオン」 原曲の歌詞には「川」という単語はない。瀕死(ひんし)のけがをした川に触れることで奮い立たせてきたのだろうか。曲の合間にはポジティブにこう振り返った。 「俺はジャマイカに行かなかったら首を折らなかったかもしれないが、それでもジャマイカに行ってよかったって思っています」 約1時間のライブの最後に披露したのが、自ら作詞、作曲したオリジナル曲「Oh Jah Bless Me」。レゲエにしばしば登場する「Jah(ジャー)」とは「神」のこと。日本語の歌詞にはこんな一節があった。「見つめ直す、自分の行動と言動。間違い認め、素直になれたなら」 来年で50歳を迎えるジャリさん。一体、どんな人生を歩んできたのだろうか。輝いて見えた憧れの地 東京都大田区生まれ。大工で職人かたぎの父、明るく強い母の下で育った。転機は高校時代。1年で中退し、伯父と父の経…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。【前の記事】最後まで「自分らしく」 5大会連続のアジアパラを前に思うこと関連記事