四肢切断の会社員が10キロ完走 二つの言葉に心を支えられ

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理学療法士の関戸敦史さん(左)、作業療法士の柳田麻優香さん(右)とともにスタートを切った安原大策さん=岡山県吉備中央町吉川で2026年10月11日午前10時57分、平本泰章撮影 2025年に病気で四肢を切断した岡山市南区の会社員、安原大策さん(39)が、11日に岡山県吉備中央町で開かれた「岡山吉備高原車いすふれあいロードレース」の一般10キロ部門に出場し、完走を果たした。リハビリを支えた2人の療法士と笑顔でフィニッシュした安原さんは「義足ですけど自分の足で走る姿を見せられて、少しは恩返しができたかな」と汗を拭った。妻が叫んだ「顔が紫に」 海上輸送の計画管理などを担う会社で働く安原さん。妻と11歳の長男、5歳の長女との穏やかな暮らしが暗転したのは、25年5月1日だ。朝から40度近い高熱があって自宅で静養していたが、夜に寝室へ来た妻が叫んだ。「顔が紫になってる!」 救急車の中で「両足がしびれる」と何度も叫んだことは覚えているが、その後1週間ほどの記憶はほとんどない。診断は「電撃性紫斑病」。肺炎球菌の感染で敗血症性ショックに陥り、全身の血管に血栓ができて手足の壊死(えし)が進んでいた。致死率30%以上、生存者の約3割が四肢切断に至る重病だった。 医師から四肢切断を告げられると首を横に振った。「なぜ自分の体のことを勝手に決められなければならないのか」と1週間ほど拒み続けたが、家族や医師の説得を受け「生きるためだ」と覚悟を決めた。5月下旬に両腕の一部、6月中旬に両脚を切断。「手足を失って人生も終わったというか、どん底をはうような気持ちだった」前向きな姿勢失わず 7月、吉備中央町の吉備高原医療リハビリテーションセンター(吉備リハ)へ転院。当初は皮膚障害や潰瘍からの出血があり、尻をついて移動することしかできなかった。理学療法士の関戸敦史さん(26)は「歩けるようになるかも分からない重篤な状態だった」と振り返る。 ただ、前向きな姿勢は失わなかっ…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事