荒れる先祖の碑、誰が守る? 大阪で見つけた継承のヒント

Wait 5 sec.

深掘り 松本美緒毎日新聞 2026/9/12 06:00(最終更新 9/12 06:00) 有料記事 1626文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷合同慰霊碑の前で手を合わせる遺族=大阪府羽曳野市で2026年4月18日午後3時19分、松本美緒撮影 戦後80年余りが過ぎ、戦没者を追悼するために全国各地に建立された慰霊碑がいま、存廃の危機に直面している。 遺族の高齢化や後継者不足で管理の担い手が減り、「碑の無縁化」が進んでいるためだ。 戦争の記憶と追悼の場をどう守り、次世代に継承していくのか。新たな取り組みを模索する現場を訪ねた。「誰の管理か分からない」 2026年4月、大阪府羽曳野市の西浦地区にある共同墓地に高さ1・8メートルの新たな戦没者慰霊碑が建立された。 石碑には戦没者36人の名前が刻まれている。 この墓地にはこれまで、個別に碑が建てられていたが、老朽化が進み、供養や維持管理を継続するために一つの合同慰霊碑に統合された。 「誰が管理しているのかさえ分からない石碑があった。土台部分の傷みもひどく、倒壊した場合に責任をどうするという問題もあった」 墓地管理に携わる浅田茂夫さん(79)は、統合を決断した理由をこう語る。 慰霊碑には、浅田さんの異母兄・万立(まんりつ)さんの名前も記載された。 万立さんは、浅田さんが生まれる前の1945年、旧満州(現中国東北部)にあった病院で戦死した。 家業を継いだ浅田さんは墓守となり、両親や妻の命日に合わせて月に2回ほど墓地を訪れてきた。万立さんの碑にも花を供え、長年管理を続けた。 だが、年月とともに周囲の碑も傷みが目立つようになった。修繕には多額の費用がかかる。 「会ったこともない家族の碑の管理をどこまで続けるのか。とても難しい」 浅田さん…この記事は有料記事です。残り1001文字(全文1626文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>