言葉を失ったアナウンサー 失語症の絶望の中で見いだした希望

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毎日新聞 2026/9/8 16:00(最終更新 9/8 16:00) 有料記事 2420文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷失語症の経験について語る沼尾ひろ子さん=東京都内で2026年7月14日午後5時12分、古瀬弘治撮影 アナウンサーとして情報番組などで活躍していた42歳の時、激しい頭痛に襲われ意識を失った。 目が覚めると名前を聞かれた。 だが、思うように言葉が出てこず、文字を見ても読み方が分からない。 病名は脳梗塞(こうそく)。失ったのは、命と同じくらい大切な「言葉」だった。 一時は絶望から無気力になった。ただ、懸命なリハビリで言葉を取り戻した。 あれから20年。言葉の大切さを改めて実感した沼尾ひろ子さん(62)は今、独自の活動を精力的に続けている。憧れたテレビの世界 テレビで見るアニメの楽しさからマスコミの世界に憧れ、高校では新聞部に入った。 大学入学後には、テレビのバラエティー番組に出演。スタッフが一体となって番組を作り上げる世界に魅了され、そのきらびやかな世界への思いを強くした。 卒業後はテレビ岩手や文化放送で、アナウンサーとして働く。やがてフリーに転身し、TBSの「ブロードキャスター」や昼の情報番組「ジャスト」などを担当した。 「テレビが元気な時代でした。話題になる企画を次々に作っていて、本当に面白かった」 だが、充実の日々は突如、暗転する。激しい頭痛の後、3日間昏睡状態に 生放送のレギュラー番組を複数抱え、忙しい日々を送っていた2006年のある日。久しぶりに取れた連休で、宇都宮市内の実家に帰ろうと自家用車を運転していた。 「眠いな」。睡魔とともに、頭の左側に痛みが襲ってきた。 「疲れているのかな」。サービスエリアで…この記事は有料記事です。残り1805文字(全文2420文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>