毎日新聞 2026/9/10 11:12(最終更新 9/10 11:19) 有料記事 1017文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷家族について語る張本勲さん=東京都内で2020年1月13日、山田尚弘撮影 9日に86歳で亡くなった元プロ野球選手で、野球評論家の張本勲さんは広島で被爆した経験を踏まえ、平和を訴え続けた。 5歳だった1945年8月6日、爆心地から東に2・3キロ離れた広島市段原新町(現南区)の自宅で原爆の閃光(せんこう)を浴びた。爆風で自宅は倒壊。勤労動員先で被爆して全身が赤く焼けただれた長姉・点子(てんこ)さん(当時12歳)は「熱い、熱い」とうわ言を繰り返して数日後に亡くなった。 18歳でプロ入りした後も被爆のことは口にしなかった。「野球に夢中だったし、記憶のびんにふたをしていた」という。「戦争なんか関係ない」若者に危機感 メディアに体験を語るようになったのは、被爆から60年がたった2005年ごろだった。テレビの街頭インタビューで「戦争なんか関係ない」と発言した若者の姿に危機感を覚え、「被爆体験を語れるのは僕らが最後の世代。伝えなければと思った」と振り返っていた。 毎日新聞が06年10月から連載を続け、328回の掲載を数える記録報道「ヒバクシャ」の第1回に登場。なお続く恐怖から広島の原爆資料館に一度も入ったことがないと明かし、「8月6日は大嫌い。法律でなくしてほしいぐらいだ」と訴えた。女児から手紙「忘れないで」 この言葉を報じたところ、大分の小6の女子児童から「8月6日を忘れないで」との手紙が届き、背を押されて、…この記事は有料記事です。残り446文字(全文1017文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>