私のライフシフトストーリー 小坂剛志毎日新聞 2026/9/9 11:00(最終更新 9/9 11:00) 有料記事 2265文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷ドジャースの佐々木朗希投手をはじめ、多くのスポーツ選手や代表チームと契約交渉したという青木茂夫さん=名古屋市中区で2026年7月15日午前11時39分、小坂剛志撮影 スポーツ用品大手「ナイキ」で活躍していた青木茂夫さん(53)は4年前、漬物屋に身を投じた。 スポーツビジネスの世界は「天職」と思えるほど充実していた。今も自身の決断を悔やむ時がある。それでも、ある思いが第二の人生を力強く歩ませている。 <主な内容> ・華やかなスポーツビジネスの世界 ・MBA取得を目指すも…… ・変革を進め、伝統も守る ・今も後悔している? 次回 激務で奥歯割れた元外資系エリート 55歳で始める「本当の私」(9月12日午前11時に公開予定) 1871(明治4)年創業の漬物屋「大和屋守口漬総本家」。名古屋の繁華街・栄の一角にある本店を訪ねると、青木さんは米大リーグ・ドジャースで活躍する佐々木朗希投手のボブルヘッド人形を大切そうに取り出した。 「そこにサインもありますけど、佐々木投手は高校からロッテに入るときに契約交渉して、ナイキを着用するようになりました。今も日本に帰ってくると会いに来てくれます」 そう振り返る表情は、とてもうれしそうだ。 愛知県岡崎市出身。大和屋は妻の実家に当たり、自身はサラリーマンの家庭で育った。 高校時代はラグビーに打ち込み、大学卒業後は東京で商社に就職。スポーツビジネスに関わりたいと1997年、ナイキジャパンに転職した。 ナイキでの日々は「天職」と思えるほど充実していた。 最初に担当したのはJリーグで日本代表選手らも擁していた「ヴェルディ川崎」(当時)。スポーツマーケティング部に所属し、世界を舞台に活躍する日本人選手や代表チームと交渉して契約にこぎ着けた。 オリンピックやサッカー・ワールドカップ(W杯)では現地に飛び、契約選手をサポート。バルセロナやニューヨークなどで開かれる年1度のグローバル・ミーティングには、世界的なテニス選手やサッカー選手がゲストで登場した。米フットボールNFLの試合をVIPルームで観戦したこともある。MBA取得を目指すも…… 2018年、当時、大和屋の社長だった義兄から「継いでくれないか」と打診された。 だが、後継者になることを考えてもいないし、ナイキを辞める気もない。 2年後、サラリーマンとして更なる高みを目指し、早稲田大大学院に進学した。ナイキ米国本社の重役は弁護士や公認会計士らが多く、将来のためにMBA(経営学修士)を取得することが目的だった。 これが思わぬ転機となる。 経営…この記事は有料記事です。残り1276文字(全文2265文字)【前の記事】「働く場、自分で作る」介護で諦めた夢 64歳で地域密着カフェ関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>