謀反の疑いかけられ非業の死 知勇兼備の鎌倉武士・畠山重忠

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毎日新聞 2026/9/12 08:00(最終更新 9/12 08:00) 有料記事 1078文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷『木曽六十九駅 大宮秩父山遠景・畠山重忠』(豊国筆、1852年)=国立国会図書館デジタルコレクションより 歌舞伎や人形浄瑠璃の古典物では必ずと言っていいほど知勇兼備の清廉な美丈夫に描かれるのが鎌倉武士の畠山重忠。 貞享2(1685)年初演の「出世景清」(近松門左衛門作)では、平家滅亡後に源頼朝の命をつけ狙う悪七兵衛景清を阻止する。その改作で享保17(1732)年初演の「壇浦兜軍記 阿古屋」では、景清の行方を問いただすために恋人で遊女の阿古屋の取り調べにあたり、同役の岩永左衛門が拷問にかけようとするのを制し、琴、三味線、胡弓(こきゅう)を弾かせ、その音色で真偽を探る。 9月26日まで歌舞伎座の「秀山祭九月大歌舞伎」昼の部で上演中の「ひらかな盛衰記」(元文4<1739>年初演)では尾上松緑が重忠を演じている。船頭に成りすまして源義経を討つ機会をうかがっていた樋口兼光を捕縛するが、木曽義仲の遺児である駒若丸を見逃し、樋口が言葉を交わすことも許すという温情を示す。怪力で知られ、音曲にもたける 重忠は武蔵国男衾(おぶすま)郡畠山荘(現在の埼玉県深谷市畠山)に畠山庄司重能の子に生まれた。畠山氏は桓武平氏の秩父氏族なので、秩父庄司ともよばれる。 平家方から転じて武蔵入りした源頼朝に服属。源平の戦いでは「宇治川の合戦」「一ノ谷の合戦」で軍功をあげ、奥州藤原氏征伐でも活躍し、頼朝の重臣となる。だが頼朝没後、子の重保が、北条時政の後妻、牧の方の娘婿、…この記事は有料記事です。残り505文字(全文1078文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>