真相・ニュースの現場から毎日新聞 2026/9/27 06:00(最終更新 9/27 06:00) 有料記事 1701文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷事件現場に設置された情報提供を呼びかける看板を見つめる小関代里子さん=埼玉県熊谷市で2026年7月17日、幾島健太郎撮影 昼過ぎの店内の客はまばらだった。今年6月、東京・台場にある喫茶店の一角。それぞれ異なる事件で最愛の人を失った2人の遺族が向き合っていた。「時効撤廃の壁をどう乗り越えたのですか」。一方の遺族がこう切り出した。 声の主は小関代里子(よりこ)さん。2009年9月30日に埼玉県熊谷市の自宅付近であったひき逃げ事件で、長男の孝徳さん(当時10歳)を亡くした。あれから17年がたとうとしているが、未解決のままだ。県警が捜査容疑とする危険運転致死罪(現在は自動車運転処罰法で規定)の公訴時効は3年後に迫る。 全2回の前編です。後編へのリンクは文末に勇気をくれた言葉 事件の6年前に夫を病気で亡くし、小関さんにとって孝徳さんはかけがえのない唯一の家族だった。犯人が捕まらないなか、小関さんは独自に事件現場付近を通る膨大な車のナンバーを記録し、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃に向けた活動を続けてきた。孝徳さんの無念を晴らすために、できることは何でもしてきた。 喫茶店で小関さんの視線の先にいたのは高羽悟さん(70)。1999年11月に名古屋市西区の自宅アパートで妻を殺害され、長らく事件は進展しないまま不安定な時期を過ごした。 この間、家賃を払って事件現場を自力で保存し続ける一方、被害者遺族の会「宙(そら)の会」の一員として活動し、10年には法改正を経て殺人罪などの公訴時効の廃止につなげた。事件から約26年後の25年10月には、高羽さんの高校時代の同級生だった容疑者が逮捕され、急転直下の展開となった。 「近い境遇の立場として、話したいことや聞きたいことがあります」。小関さんは、それぞれの事件を取材していた報道関係者を通じて、高羽さんに面会を求め、この日実現した。 「当時は宙の…この記事は有料記事です。残り968文字(全文1701文字) 後編につづく 「2台の犯人へ」 手紙の結びに込めた母の思いと決意【次の記事】「2台の犯人へ」 手紙の結びに込めた母の思いと決意【前の記事】「なぜ娘は殺されたのか」 苦しみ、もがき続けた遺族の四半世紀関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>