市民栄誉賞のハードル高すぎ? 授与1人だけ、市長も存在知らず

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毎日新聞 2026/9/22 11:31(最終更新 9/22 11:31) 840文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷文化勲章の授与式を終え、談笑する山中伸弥さん(右から2人目)と山田康之さん(同3人目)=皇居で2012年11月3日午前11時09分、中村藍撮影 京都府宇治市が市の名声を高める業績を残した市民に贈る「市民栄誉賞」が、2014年の創設時の1人以降、受賞者がいないことが分かった。20年に就任した松村淳子市長には、何らかの原因で引き継がれておらず、賞の存在自体も知らなかったという。8月に賞の存在を把握した松村市長は今後、該当者があれば表彰を再開する方針だ。第1号は文化勲章受章者 市秘書広報課によると、賞の創設は、12年に市内在住の山田康之・京都大名誉教授(21年死去)が文化勲章を受章したことがきっかけだった。山田さんは植物バイオテクノロジーの分野で、高等植物の細胞培養の重要性に着目し、イネの培養細胞から個体の再生に成功した。Advertisement また、奈良先端科学技術大学院大の学長を務めていた1999年、後にiPS細胞を開発しノーベル生理学・医学賞を受ける山中伸弥さん(現・京都大教授)を助教授に迎えており、文化勲章受章は山中さんと同時だった。市民から「偉業と栄誉に対し市も表彰を」との意見が寄せられたことから市が市民栄誉賞を創設。当時の山本正市長が第1号として山田さんを表彰した。前市長が引退、情報共有されず その後12年間受賞者が無いことについて同課は「山田さん以外に該当者がいなかった」と説明。市の表彰要領では対象の業績として「世界的な賞の受賞、文化勲章の受章かそれらと同等と認められるもの」と例示されている。関係者によると、市在住者の文化勲章受章者としても第1号だった山田さんに匹敵する対象者は「ハードルが高かった」という。 一方で、対象者の選定について要綱には、「市長が本市にゆかりの深いと認める者又は団体」とも規定しているが、山本前市長の引退後に就任した松村市長が今年8月に報道機関の取材を受けた際「(賞の存在を)存じておりません」と答えるなど、情報共有がされていなかった。 松村市長は9月の定例会見で「賞の内容を確認して理解した。該当の方があれば引き続き『宇治市の誉れ』として贈りたい」と意欲を語った。【鈴木健太郎】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>