中上健次が作った日韓文学交流の足場 『韓国現代短編小説』復刊

Wait 5 sec.

毎日新聞 2026/9/26 09:30(最終更新 9/26 09:30) 有料記事 2449文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷(左から)尹興吉さん、韓勝源さん、中上健次=ソウルで1989年ごろ(中上紀さん提供) 作家の中上健次(1946~92年)が85年に編んだ『韓国現代短編小説』(安宇植訳、新潮社)が今年7月、生誕80年を記念して『秋の死 韓国現代短編小説』(河出書房新社)として復刊された。 中上が当時交友のあった有名作家の作品8編。一昨年、ノーベル文学賞を受賞し脚光を浴びたハン・ガン(韓江)さんの父韓勝源さんや、今も新邦訳が途切れない黄晳暎さん、中上との対談集を出した尹興吉さんらが名を連ねている。「韓国には文学の素材ごろごろ」 収録作は70~80年代にかけて発表された作品が多い。作家の年齢は40歳代がほとんどを占め、テーマは朝鮮戦争や南北分断、ベトナム戦争など、彼らの身近で不可避な話題を扱っている。 復刊版の末尾に「韓国現代短編小説をめぐって」と題した解説を寄せた朝鮮近代文学研究者の白川豊さんは「女性作家が入っていないのはなぜかと感じますが、いい人選だと思います」と話す。 中上と同じく芥川賞作家の古山高麗雄(1920~2002年)編集の『韓国現代文学13人集』(81年、新潮社)に続いて刊行された。ともに韓国文学を日本語に翻訳した季刊『韓国文芸』(75年創刊)に掲載された作品から、収録作を選定したとみられ、古山から続く同誌編集長との人脈によるところが大きい。 白川さんによれば、70年代に入ると、在日コリアンや研究者の翻訳により韓国・朝鮮の文学は日本でも読もうとすれば読むことができる状況にあった。ただ、大衆的な小説も紹介されはじめていたものの、日本国内で大きな広がりは見られなかった。 そんな中、白川さんは「隣の国は日本の植民地支配が終わって分断されて、なかなか大変なんだと中上さん自身が思った。韓国の文学は大事だから関心を持ちましょうよと短編を示したことは意義があったと思う」と振り返る。 中上は解説に次のように記している。 <韓国では祖国分断が語られ、同胞相争う悲劇が描かれ、ベトナムに派兵された者の苦渋が描かれている、思うに韓国には文学が表現を与えなければならないものが山積みしている。文学の素材がごろごろと転っている。テーマがどっさりある>重なった故郷・新宮の風景 中上が初めて韓国を訪問したのは78年6月。パンソリや仮面劇など民俗芸能の取材旅行のため12日間、ソウルや全羅北道を巡った。中上は76年に「岬」で芥川賞を受賞し、77年には代表作『枯木灘』(毎日出版文化賞など受賞)を刊行。作家としての勢いを増す一方で、生まれ育った和歌山県新宮市では「路地」の解体が進んでいた。 続いて、80年にも短期でソウルを訪問し、尹さんと日韓の文学や歴史、神話などについて対談している。やりとりは『東洋に位置する』(81年)にまとめられた。 留学中の白川さんはこの白熱した対談を通訳した一人だった。中上の印象を「とても気配りをして友好的、尹さんが困らな…この記事は有料記事です。残り1269文字(全文2449文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>