ともに・共生社会へ:マータイさんからの伝言 「1人ができること、過小評価しない」

Wait 5 sec.

ナイロビのグリーンベルト運動本部で苗木の手入れをするワンガリ・マータイさん=2005年12月、中島みゆき撮影 MOTTAINAIキャンペーンを提唱したワンガリ・マータイさんが亡くなって25日で15年になる。 生前に交流のあった人やマータイさんの理念に共鳴した人の声を通して、マータイさんが世界の合言葉にと訴えた思いを振り返る。【構成・高木諭、井沢真】「行動を促す生きた力に」長女 ワンジラ・マータイさん手を振って笑顔を見せるワンガリ・マータイさん(右)と長女のワンジラさん=成田空港で2005年2月22日、佐藤賢二郎撮影 母が亡くなって15年、今も深く恋しく思う一方で、彼女の思想や価値観が日本にまで広まったことに心から感謝しています。Advertisement この節目は追悼の機会であると同時に、新たな出発の瞬間でもあります。母は一人の人間ができることを決して過小評価してはならないと私たちに教えてくれました。 母の人生は、小さな行動が多くの人の手によって積み重ねられることで力強い運動へと発展し得ることを私たちに思い出させてくれます。私の今の最大の願いは、母の遺志が単なる記憶にとどまらず、行動を促す生きた力であり続けるようにすることです。 母は森や土壌、水、そして、生物多様性はかけがえのないものであり、私たちは将来の世代のためにそれらを守る責任があると考えていました。 MOTTAINAIキャンペーンの力強さは、日々の選択と、地球をいかに大切にするかという大きなビジョンを結びつけている点です。この考えが文化や世代を超えて世界中の人たちにインスピレーションを与え続けてくれることを願っています。母ワンガリさんの遺志を継いで活動するワンジラ・マータイさん=東京都千代田区で2025年12月22日、渡部直樹撮影 ワンガリ・マータイの物語はケニアの田舎の小さな家から始まりました。今、私が特に心を寄せているのはその生家を修復することです。 彼女を形作った場所と風景を守り、将来の世代に彼女の旅路がどこから始まったのかを理解してもらうための取り組みです。その場所を若い人たちが学びや省察、インスピレーションを得られる場に再生させることで勇気や責任感、そして希望に満ちた多くの物語の出発点になるのを願っています。ワンジラ・マータイ 環境シンクタンク「世界資源研究所」マネジングディレクター、ワンガリ・マータイ財団会長。母ワンガリさん設立の「グリーンベルト運動」理事長も務めた。2023年に米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。20年続く「もったいない運動」の恩人宇都宮市 佐藤栄一市長益子焼の茶わんを贈られ、笑顔を見せるワンガリ・マータイさん(左)と宇都宮市の佐藤栄一市長(右)=宇都宮市役所で2008年6月2日、戸上文恵撮影 宇都宮市は2005年に「もったいない運動」を始めました。まず市民が運動を認識して一緒に参画することを目指し、もったいない全国大会(07年)の開催を決めました。 宇都宮の「覚悟」を発信し、全国の自治体の代表者、市民運動をしている方々の意見を聞くことで、市民の参考になればと思いました。 08年の第2回全国大会では、マータイさんに講演していただきました。笑顔が印象的で安心感があり、頼もしかったです。 マータイさんはよく、山火事を消そうとしたハチドリの話をされました。 「ハチドリは一滴の水を口に含んでは火災の場所に戻ることを繰り返し、火を消そうとしました。意味がないと言われても、やり続けました。私はそうした精神で、もったいない運動をします」と。その言葉に感激しました。 09年には企業と市民も加わった「もったいない運動市民会議」ができました。(毎年開催する)「もったいないフェア」は市民、企業、行政が一体になれる場です。参加ブースは年々、増えています。 地道に活動を続けてきたことで、宇都宮市民のもったいない運動への認知度は上がりました。(市政に関する世論調査で)認知度は21年度の約43%に対し、25年度は68・1%でした。ワンガリ・マータイさんの言葉に感銘を受け、「もったいない運動」を推進してきた宇都宮市の佐藤栄一市長=宇都宮市役所で2026年9月14日、井沢真撮影 運動に弾みをつけたマータイさんは恩人です。生きていたら「もっと頑張んなさい」と言われると思います。「もっと広めて。宇都宮だけじゃなくて」と。 次の世代に少しでもいい社会を残したい。みんなが身近なところから、何でもできることから、毎日毎日取り組んでいくことが大切だと思います。さとう・えいいち 宇都宮市出身。日本青年会議所副会頭などを経て、2004年に宇都宮市長に初当選し、現在6期目。07、08年には「もったいない全国大会inうつのみや」を開催。約20年間、もったいない運動を推進している。何度も問われた「MOTTAINAI」専属通訳 国吉真理子さんワンガリ・マータイさん(右)の専属通訳を務めた国吉真理子さん=国吉さん提供 最後にお会いしたのは2011年9月2日。MOTTAINAIキャンペーン事務局の方々と一緒にナイロビに伺いました。東日本大震災から半年ほどたった頃で、日本を励ますメッセージを贈ってくださいました。 インタビューが終わると「がんが再発したの」と打ち明けられ、一緒に泣きました。予定の時間が来ると、「もう帰るの? 帰らないで」とおっしゃられて。それが最後になりました。 初来日以降、ずっと通訳を務めさせていただきました。来日初日に「もったいない」という言葉に出合い、ものすごいインパクトを受けた様子でした。「どんな意味なのか」「みんながその言葉を使っているのか」。何度も何度も聞かれました。 それから約1週間、各地でのスピーチで「もったいない」の素晴らしさを説いていました。離日翌月、国連本部での演説で「MOTTAINAIを環境を守る世界の合言葉に」と訴えたという記事を読んだ時、「すごい!」と思いました。 笑顔も魅力的で、来日を重ねる度にファンが増えていくのを肌で感じました。人を励まし、鼓舞するのもうまい人でした。そのことをご本人に話すと、「自分の話を聞いて、もうちょっと頑張ろうかなと思ってくれたらうれしい」とおっしゃっていました。ワンガリ・マータイさんが来日した際に専属で通訳を務めた国吉真理子さん=本人提供 発する言葉は宝物みたいで、聞きながら心が震える場面も何度もありました。「あの時のあの言葉はもっと上手な訳し方があったんじゃないか」と思うことが今もあります。マータイさんの言葉を耳元で聞けて、本当に幸せだったと思っています。くによし・まりこ 那覇市出身。インドネシア大使館での勤務を経て、通訳として活動。現在は沖縄にルーツを持つ経済人らの世界的な交流団体「ワールドワイドウチナーンチュビジネスネットワーク(WUB)」の会長も務める。