「やっと刻んであげられた」 家族の生きた証し 平和の礎に

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毎日新聞 2026/6/22 12:00(最終更新 6/22 12:00) 有料記事 2161文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷疎開先の台湾で死去した祖母の與儀ナヘさんのことを思い出し、涙をぬぐう小林夏枝さん=那覇市で2026年6月12日、喜屋武真之介撮影 沖縄は23日、第二次世界大戦末期の沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」を迎える。最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園には、沖縄戦の全戦没者の名を刻む「平和の礎(いしじ)」があり、2026年も95人の刻銘が加わった。1995年の建立から四半世紀以上がたった今もなお、新たに判明した戦没者を加える「追加刻銘」が絶えることはない。戦後81年を経ても全容が明らかにならない沖縄戦の傷の深さは、戦乱が絶えない世界に平和の意味を突き付ける。異郷で落命した祖母 「生きているうちに、間に合ってよかった」 那覇市の小林夏枝さん(91)は安堵(あんど)の表情を浮かべた。刻まれたのは、戦争に翻弄(ほんろう)されながら一家を支え、異郷で命を落とした祖母、與儀(よぎ)ナヘさんの名だ。 小林さんが家族と共に船で台湾に疎開したのは44年。道中、暗闇の海上で護衛船が炎を上げるのを目にするなど、到着まで緊張の糸が切れることはなかった。小林さんは母たちに身を寄せながら「神様、助けて」と祈り続けた。…この記事は有料記事です。残り1713文字(全文2161文字)関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>