帰れないひとびと ミャンマー国境から現場ルポ 小泉大士毎日新聞 2026/6/27 05:01(最終更新 6/27 05:02) 有料記事 1990文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷夕食後、子どもたちとゴスペルを歌うイエディーさん(左端)とルーターヨンさん(右から2人目)=タイ・メソトで2026年5月27日、久保玲撮影 夕暮れどき、タイ北西部メソト郊外の小さな家で、家族4人が食卓を囲んでいた。 家の前に張り出した、竹で編んだ高床式の広間に、魚の缶詰、卵のスープ、野菜炒め、ご飯が並ぶ。食事の前、父親のイエディーさん(39)が短く祈った。食後はギターを抱えた。妻のルーターヨンさん(40)と、14歳と11歳の息子2人が車座になり、ゴスペルを歌った。 つてを頼って格安で借りた土地に自分たちで建てた家だ。台所は土間だが、寝室の床はコンクリートで固めた。ベッドは一つだけ。息子たちをそこに寝かせ、夫婦は床で眠る。庭にはオクラなどの野菜が育つ。 本来なら、ここはたどり着くはずの場所ではなかった。 ミャンマーでは2021年のクーデター後、国軍側と民主派の抵抗勢力、少数民族武装勢力などとの戦闘が広がり、内戦状態が続いています。戦闘や弾圧を逃れて国境を越えた人たちは、その後をどう生きているのか。タイ国境の町メソトとその周辺で、故郷を離れた後も続く人々の時間を追いました。連載「帰れないひとびと ミャンマー国境から」の5回目です。取り締まられる側に イエディーさんは、ミャンマー北東部シャン州の入国管理事務所で働いていた。外国人の出入国管理だけでなく、住民の身分証や世帯名簿、国境通行に関わる書類も扱っていた。 その彼が国境を越えた後、約3年間、タイで暮らすための正式な書類を持たずに過ごした。 「家に閉じ込められているようだった」 警察の検問が怖く、遠くへ仕事を探しに行くことも難しい。移動手段は自転車に限られた。母国で在留書類を扱っていた男性が、今度は自分の身分を証明できない側に回った。 2021年2月、国軍がクーデターを起こすと、公務をボイコットする「市民的不服従運動」(CDM)に加わった。その理由を尋ねると、イエディーさんは短く答えた。 「人の心があったからだ」 約1年間、国内で身を潜めるように暮らした後、一家は国境を目指した。ブローカーに金を払い、検問を抜…この記事は有料記事です。残り1167文字(全文1990文字) ◆海外難民救援金募集 毎日新聞社と毎日新聞東京・大阪・西部社会事業団は、紛争や災害、貧困などで苦しむ世界の人たちを支援する救援金を募集しています。 ◆連載「帰れないひとびと ミャンマー国境から」 ▽戦火逃れ川辺の教室へ ミャンマー国境 学び続ける子どもたち ▽川を越えても終わらぬ避難 国境の町メソト 続く仮の暮らし ▽逃れた先にも「医療の空白」 国境の診療所 命つなぐ橋に ▽「書類」があっても自由ではない 摘発におびえ、茶店を営む姉妹 ▽「学校」になれない学校 国境の町 戦火逃れた子ども受け入れ(28日午前5時) ▽軍を抜け、徴兵を逃れ その先に日本 タイ国境で学ぶ若者たち(29日午前5時) ▽川の手前で宙づりの日々 食料尽きれば危険地へ(30日午前5時) ▽カヤー州に逃れた避難民 目の前で吹き飛んだ義弟(30日午前5時)【前の記事】「書類」があっても自由ではない 摘発におびえ、茶店を営む姉妹関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>