デジタルを捨てよ 町へ出よう! :猫と一緒に高島を去った少女 炭鉱閉山直後の記録

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デジタルを捨てよ 町へ出よう!毎日新聞 2026/6/29 07:00(最終更新 6/29 07:00) 965文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷高島を出港する直前、さまざまな思いがよぎるのでしょうか? でも、今回の主役は、左の少女です=長崎県高島町(現長崎市)で1987年3月24日、中村琢磨撮影写真一覧 1987年3月、長崎市の離島、高島港では船が出る度に別れの紙テープが宙を舞いました。前回も触れた通り、高島炭鉱は前年11月に閉山しました。島や炭鉱の関係者にしてみれば、人生の一大転機。数枚の写真と短い記事で多くの人の思いを語るのは不可能です。そこで今回は、たまたま同船した「島を去る少女」に焦点を当ててみました。【中村琢磨】リード(ひも)を付けて猫の散歩。この道を歩くのが最後とは、撮影時には知るよしもなかった=長崎県高島町(現長崎市)の高島で1987年3月24日、中村琢磨撮影写真一覧 離島振興を目的に、66年に設立された「公益財団法人日本離島センター」によると閉山当時、約5500人が暮らしていた高島も今は200人強。約700人の児童生徒がいた小中学校は10人程度になりました。県立高校は89年に廃校になったそうです。一つの巨大産業に支えられた島は、大きく変貌せざるを得ませんでした。Advertisement 島を訪れた日は、小学校の終業式の日でした。この日を待って、島を出る家族も多かったでしょう。港の岸壁は、船を見送る人であふれました。でもすぐに見送られる側になった人も大勢いたでしょうね。高島を出て長崎港へ向かう船内には、大きな花束が。写真を拡大すると花束の奥に、猫の頭がチラッと見えますね=1987年3月24日、中村琢磨撮影写真一覧 島が慌ただしさに包まれる中、何とものんびりとした光景に出会いました。猫の首にリード(ひも)を付けて、散歩している少女がいたのです。写真を撮らせてもらいましたが、特に深く考えたわけではありません。名前を尋ねたりすることもありませんでした。 昼過ぎに高島を出る船の周囲では、島を出る人たちが複雑な表情をしていました。さまざまな思いがよみがえってくるのでしょうか。笑ったかと思ったら、急に寂しそうな顔にも……。冒頭の写真もそうです。 あれっ、寂しそうな大人の脇に猫を散歩していたクールな少女がいるではありませんか。船内でも意外にニコニコしていました。今思えば、猫が気になって仕方なかったのだと思います。高島を離れて長崎港に到着。猫も一緒=長崎市で1987年3月24日、中村琢磨撮影写真一覧 船尾からは「古里」高島が見えましたが、振り返る人は少なかったと記憶しています。港での別れを終えれば、感傷に浸るよりも、今後の現実が優先だったのかもしれません。 船が長崎港に着いた後も、少女はしきりに猫を気遣っていました。確か引っ越し先は長崎市だと語った気がしますから、家族は関連企業に再就職したのでしょうかね。今となっては知るよしもありません。撮影機材Nikon New FM2、Nikkor35-70mm F3.5高島を離れて長崎港に到着、花束を手にさっそうと歩く(左)=長崎市で1987年3月24日、中村琢磨撮影写真一覧 1台で勝負しました。フィルムはKodak Tri-Xで、このシリーズ1回目の池島と同じです。【前の記事】日本の近代化を支えた高島炭鉱 閉山直前の記憶関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>