映画の推し事:なぜ酷評でも大ヒット? 「マイケル」で観客が熱狂した“本当の理由”

Wait 5 sec.

「Michael/マイケル」®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. “キング・オブ・ポップ”ことマイケル・ジャクソンを描く映画「Michael/マイケル」が6月12日に日本で公開され、22日までの興行収入が28億6994万4900円と、大ヒット街道をばく進中だ。 本国アメリカでは日本より一足先に公開され批評家から厳しい評価を受けるも、観客からは熱烈な支持を受けている。なぜ、これほどまでに評価が分かれたのか。Advertisement 筆者が英語圏の映画館で目の当たりにした観客のリアルな反響も含めて、その背景をひもといていきたい(以下、本編の内容に触れています)。内面描写がない、聖人化しすぎ 本作は、幼いマイケルが厳しい父親のジョセフの下で歌とダンスに明け暮れ、兄弟たちと「ジャクソン5」で成功し、ソロでも数々のヒット曲を生み出す姿を描く。幼くして成功した裏で、支配的なジョセフに対する葛藤や、世界的スターゆえの孤独も浮かび上がらせる。「Michael/マイケル」®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. 世界的な知名度を誇るマイケルの伝記映画、さらにマイケルのおいであるジャファー・ジャクソンがマイケルを演じるということで大きな注目を浴びたが、米国などでは公開直前に批評家からの厳しい評価が下された。 映画評論サイトのロッテントマトのトマトメーターは38%、メタクリティックのメタスコアでは39%と低い(2026年6月25日時点)。低評価の理由はさまざまだが、「複雑な人生を単純化しすぎている」「内面描写が少ない」「マイケルを聖人化しすぎている」といったものだ。 確かにマイケルの心情、家族との関係を掘り下げ切れておらず、いきなり時間が数年経過するなど、物語が途切れ途切れの印象も否めない。史実に忠実というわけでもなく、マイケルの人生に大きな影響を与えたはずのダイアナ・ロスも登場せず(実際には撮影したが全カットされた)、デュエット曲を出したポール・マッカートニーにも、世界的歌手が集まったチャリティーソング「ウィーアー・ザ・ワールド」(1985年)にも一切触れていない。 そして、映画への参加を断った妹のジャネット・ジャクソンは、劇中に存在すらしていない。性的虐待疑惑にノータッチ 作品の内容とは別の理由でも、批判されている。 マイケルの娘、パリス・ジャクソンは、脚本に意見したが反映されずに映画化が進んだという。そして、遺産をめぐる裁判でパリスと対立している、マイケルのエステート(遺産管理団体)の執行人であるジョン・ブランカが本作の共同プロデューサーを務めていることなどから、批評の中には「映画が金もうけの道具のようだ」といった意見も見受けられた。「Michael/マイケル」®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. 加えて、「児童への性的虐待疑惑や裁判のシーンに深く触れていない」といったものもある。児童への性的虐待疑惑をめぐってマイケルは、93年に民事訴訟を起こされ、03年には刑事告訴された。民事は和解し、刑事裁判では05年に無罪の判決を受けた。 ただ民事訴訟での和解の際に、相手側と今後の商業作品で言及しないという内容も含めた機密保持契約を交わしていた。このため、当初は映画でも取り上げる予定だったが、かなり再編成し、88年までを描く物語となった。圧巻のパフォーマンスで魅了 このように多くの面で批判にさらされたことで、結果的により観客に興味と反感を抱かせて、劇場に足を運ばせることとなった。そして劇場で彼らを迎えたのは、批評家たちも絶賛せざるを得なかった、マイケルの子ども時代を演じたジュリアーノ・クルー・バルディと、成長したマイケル役のジャファーによるステージパフォーマンスだった。 彼らのステージパフォーマンスこそが観客を引きつける核心だと、筆者が住んでいるオーストラリア・メルボルンの映画館で鑑賞した際に実感した。「Michael/マイケル」®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. 注目度の高さからほぼ満席となった、公開初日の4月22日に鑑賞。オープニングのユニバーサルのロゴが登場した時点から、マイケルの声に合わせてコール&レスポンスが湧き起こる盛り上がり。名曲の数々に合わせて体がリズムを刻み、歌を口ずさむ人々の姿があった。映画鑑賞の枠を超え、まるでライブ会場にいるかのような体験が広がっていた。足から血を流して猛特訓 ジャファーの魅力 その熱狂を支えていたのは、ジャファーだろう。ダンスの練習では足から血が出るほど猛特訓したというパフォーマンスシーンは、圧巻の一言。 さらに、マイケル特有の話し方やはにかんだような笑い方は、モノマネでは再現し切れないチャーミングさがあり、観客にマイケルとして受け入れられていた。 批評家からはかなり厳しい評価が下されたドラマパートは、観客のリアクションを見る限り、新たな物語として受け止められていた様子。特に、ジュリアーノの愛らしさや全身で音楽を愛する姿はマイケル本人と重なり、観客を物語へと引き込む。 そんな中、とりわけ観客の感情を大きく動かしていたのが、父ジョセフを演じたコールマン・ドミンゴだった。「Michael/マイケル」®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. ジョセフによるマイケルへのせっかんのシーンでは、「NO!」「Ah!」といった声が漏れ、ジョセフが登場するたびに劇場に緊張感が走る。だが、思わぬシーンで笑いを取るなど、物語の緊張と緩和を生み出していた。 そして彼の呪縛からマイケルが解き放たれた時には歓声と拍手が起こり、観客がマイケルに感情移入していたことが伝わってきた。問われる観客のリテラシー 熱気に包まれた劇場で、複雑な気持ちにさせられたひと幕もあった。上映中に本編を無断撮影する人があちこちにいたことだ。これは本作に限ったことでなく、オーストラリアなど世界中で、劇場で見た本編の一部をSNSにアップロードする人が増えている。 「Michael/マイケル」でも、劇中の音楽に合わせて観客が歌い踊る動画が本編映像と共に数多く投稿され、SNS上で盛り上がりを見せた。皮肉なことに、“劇場の熱気”や“観客のリアルな反応”が収められたこれらの映像が、“映画館で体験しなければ”と思わせる強力な宣伝フックになっているのだ。「Michael/マイケル」®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. そんな熱狂的な反応を見ていると、そもそも観客が求めていたのは、マイケルの人生を詳細に検証する伝記映画だったのだろうかと思う。 近年多く作られている伝記映画は、いずれも作り手それぞれの解釈やアプローチによって人物を描いてきたはず。本作も同様に、製作陣がマイケルの人生を映画に落とし込むために取捨選択した結果、マイケルとジョセフとの関係に焦点を当てた作品と言える。伝記映画か熱狂の体感か 批評家からはマイケルを聖人として描きすぎているとの声もあったが、必ずしもそうとは言い切れない。 劇中で「ピーターパン」のネバーランドの世界に夢中になり、キリンやヘビ、ラマを飼い、チンパンジーのバブルスくんを友だちにして彼らにだけ本心を語る姿は、いずれも聖人というよりも常人には計り知れないマイケルの孤独を浮き彫りにしている。心の隙間(すきま)を埋めようとする彼の独自の感性と、当時のスターならではの規格外な生活も浮かび上がらせた。「Michael/マイケル」®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. 批評家たちは本作を伝記映画として捉えたが、観客はマイケル・ジャクソンという存在を再び体感する作品として受け取った。その違いこそが、これほどまでに評価が分かれた理由なのではないだろうか。 描かれなかった人物やできごとに物足りなさを覚える一方で、スクリーンに映し出される歌声やダンスがそれを補い、観客を熱狂させる。だからこそ本作は、多くの観客の足を映画館に運ばせているのだろう。すでに「ボヘミアン・ラプソディ」超え 全世界でヒットしている本作は、すでに「ボヘミアン・ラプソディ」の全世界興行収入約1447億円を超え、続編が始動している。「Michael/マイケル」®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. ラストを飾った「バッド・ワールド・ツアー」(88年)以降の物語が展開していくことになりそうだが、前述したように、裁判の内容など言及できないことが多く、マイケルとジャネットとのコラボ曲「Scream」に触れる可能性は限りなく低そうだ。 マイケルは半世紀以上にわたり“キング・オブ・ポップ”として君臨しているが、本人が語る以上にファン、メディア、世間によって語られてきた存在でもある。 この映画をきっかけに、さらに本人とかけ離れ、新たな伝説を刻んでいくようにも見える。続編も大きな議論を巻き起こすだろうが、彼の音楽とパフォーマンスの持つ力で、再び世界中の観客をスクリーンの前に引き寄せていくのだろう。(梅山富美子)