現場から2026年6月22日 16時00分有料記事伊藤和行 沖縄は6月23日、太平洋戦争末期の沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」を迎える。 81年前の沖縄戦は、住民を巻き込む地上戦となり、軍民合わせて20万人以上が命を落とした。戦後、生存者は亡き家族を弔い、記憶を語り継いできた。だが、それすらかなわぬ家族もあった。その跡をたどった。【動画】沖縄戦の一家全滅の家跡をたどる=小宮路勝撮影 沖縄本島南部の糸満市の米須(こめす)地区は、太平洋戦争末期の沖縄戦で、日本軍とアメリカ軍の最後の激戦地となった場所だ。周囲には、ひめゆり学徒隊を悼む「ひめゆりの塔」などの慰霊碑が点在し、観光バスが行き交う。 集落を歩くと、新しい家が立ち並ぶ一角に、戦前のままの石垣で囲まれた敷地が点々とある。雑草が茂る空き地に見える場所に近づくと、中央にコンクリートブロックを積んだ建物がひっそりと立ち、内部に位牌(いはい)や香炉が置かれていた。まるでここだけ時間が止まったかのようだ。一家全滅の家跡に残るほこら=2026年5月26日午後3時23分、沖縄県糸満市米須、小宮路勝撮影 「一家全滅の家の跡です。家族全員が死んで家を継ぐ人がいなくなったため、祭壇をもうけて親族や地域の人が拝む場所にしています」 集落に住む久保田宏さん(85)が説明してくれた。 一家全滅――。地元では「チネードーリー(家族が倒れる)」とも呼ばれる。戦争で家族ごと奪われ、住む人がいなくなった家の跡だ。米須字誌(あざし)によると、当時の集落にあった257世帯のうち62世帯が全滅したという。どうせ死ぬなら、きれいな水と空気を 1945年6月上旬、本島南部は米軍に追い詰められた日本軍が押し寄せ、軍民入り乱れた戦場となっていた。 久保田さんは当時4歳だった…この記事を書いた人伊藤和行那覇総局長専門・関心分野沖縄、差別、マジョリティー、生きづらさ関連トピック・ジャンルこんな特集も注目ニュースが1分でわかるニュースの要点へ6月22日 (月)日本 チュニジアに4対0で勝利東京でも「匿流」強盗相次ぐ高齢者の就労意欲、高い日本6月21日 (日)小池都知事 給与半減を終了へ成年後見制度を見直す法改正狭小アパート、都心で広がる6月20日 (土)小学校で火災 11人負傷日野町事件、無罪確定へ日本郵便に公金注入へ6月19日 (金)米国とイランの覚書発効妊婦死亡事故 被告に実刑判決ナウマンゾウ絶滅1万年早い?トップニューストップページへ首相、中傷動画報道めぐり秘書の陳述書を提出へ 答弁回避に野党反発14:01旭川・高校生殺害で懲役27年判決 主文の直後に男が乱入、一時休廷16:10浴室から川まで複数の段差「大人でも困難」 鹿児島5歳児、続く捜索14:08国内最長射程ミサイル、日米共同訓練で展開 「なし崩し配備」懸念も12:00雷から身を守る方法は 雷鳴や稲妻に気づいたら…すでに危険の中15:00自然から得た「世界最速」のヒント エヴァやキティまとった500系15:00