毎日新聞 2026/6/28 09:15(最終更新 6/28 09:15) 有料記事 1570文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷遺体を桶に入れる模様(右下)、桶や樽で運ぶ模様(左上)を描いた「江戸大地震之図」の一部=東京大学史料編纂所所蔵 推定マグニチュード7級、最大震度6以上。1855(安政2)年の江戸を襲った直下型の「安政江戸地震」。江戸詰めの松山藩士は「前代未聞之大地震」と驚き、速報を書状に残した。郷土史研究会「伊予史談会」(愛媛県松山市)会員で、同市立南中学校教諭の森永光彦さん(27)が未整理の古文書を新たに確認したところ、あまりにも多くの遺体の収容に追われた地震直後の江戸の人々の姿が浮かんだ。惨状を後世に伝える国宝の絵巻の内容とも合致する内容だった。大学院生時に偶然発見 「高宮平七書状に見る安政大地震」と題し、森永さんは伊予史談会の例会で発表した。高宮平七は役職不明ながら、松山藩主に付き従って江戸と松山を往復する立場にあったとされる。藩に宛てて高宮が記した地震関連の書状(同史談会所蔵)は2024年春、大学院生だった森永さんが未整理文書の整理中に偶然見つけた。「前代未聞之大地震」 江戸安政地震は1855年10月2日夜に起きた。江戸市中だけで1万人前後が犠牲になったともされ、多くの大名屋敷も被害を受けた。 高宮の書状は同6日付。「…この記事は有料記事です。残り1112文字(全文1570文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>