帰れないひとびと ミャンマー国境から:「学校」になれない学校 国境の町 戦火逃れた子ども受け入れ

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帰れないひとびと ミャンマー国境から現場ルポ 小泉大士毎日新聞 2026/6/28 05:00(最終更新 6/28 05:00) 有料記事 2034文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷授業を受けるスーピィヤディジョウさん=タイ・メソトのニュー・ブラッド・スクールで2026年5月22日、久保玲撮影 「夕方や、雨の音を聞くとミャンマーを思い出します。帰りたいです」 タイ北西部メソトの「ニュー・ブラッド・スクール(NBS)」で学ぶ女子生徒のシュンレーソーさん(17)は、そう話した。 故郷は、タイとの国境を流れるモエイ川沿いのカイン州ミンラパン村。国軍と少数民族武装勢力などが攻防を続ける最前線の一つだ。周辺ではオンライン詐欺拠点を巡る戦闘も起き、空爆や砲撃が相次ぐ。 ミャンマーでは2021年のクーデター後、国軍側と民主派の抵抗勢力、少数民族武装勢力などとの戦闘が広がり、内戦状態が続いています。戦闘や弾圧を逃れて国境を越えた人たちは、その後をどう生きているのか。タイ国境の町メソトとその周辺で、故郷を離れた後も続く人々の時間を追いました。連載「帰れないひとびと ミャンマー国境から」の6回目です。 タイ側の丘から川の向こうを望むと、岸辺近くに仮住まいが並んでいた。竹を組んだ小屋をビニールやプラスチックで覆っている。約2キロ先にあった集落から避難してきた人々が暮らしている。 シュンレーソーさんが通っていた学校は焼かれ、その後、村にも火が放たれた。自宅はまだ残っているが、いつ焼かれてもおかしくない。3週間前、親元を離れてNBSに来た。 将来は教師になりたい。人に教えることが好きだという。学ぶことが「抵抗」 ゾールインウー校長(57)は、戦火を逃れてきた子どもたちについて、こう話す。「まず生き延びなければならない。教育はその後になる」…この記事は有料記事です。残り1412文字(全文2034文字) ◆海外難民救援金募集 毎日新聞社と毎日新聞東京・大阪・西部社会事業団は、紛争や災害、貧困などで苦しむ世界の人たちを支援する救援金を募集しています。 ◆連載「帰れないひとびと ミャンマー国境から」 ▽戦火逃れ川辺の教室へ ミャンマー国境 学び続ける子どもたち ▽川を越えても終わらぬ避難 国境の町メソト 続く仮の暮らし ▽逃れた先にも「医療の空白」 国境の診療所 命つなぐ橋に ▽「書類」があっても自由ではない 摘発におびえ、茶店を営む姉妹 ▽元入管職員が「書類」のない避難者に 仮の暮らしは4年に ▽軍を抜け、徴兵を逃れ その先に日本 タイ国境で学ぶ若者たち(29日午前5時) ▽川の手前で宙づりの日々 食料尽きれば危険地へ(30日午前5時) ▽カヤー州に逃れた避難民 目の前で吹き飛んだ義弟(30日午前5時)【前の記事】元入管職員が「書類」のない避難者に 仮の暮らし、はや4年関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>