インドと沖縄でつかんだ原点 館長は「星野リゾートの自由人」 

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ストーリー 小坂剛志毎日新聞 2026/6/28 14:01(最終更新 6/28 14:01) 有料記事 3328文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷奈良監獄ミュージアムは歴史の紹介だけでなく、アートを使った展示もある=奈良市で2026年4月23日、小坂剛志撮影 自立した活動のためには収益事業も重要だ――。野生動物の保護活動に対する星野リゾートの運営姿勢に違和感はなかった。 1997年、同社が営む長野県軽井沢町の自然保護団体「ピッキオ」の職員になった八十田(やそだ)香枝さん(53)。野生動物を保護する仕事を志して見つけた職だったが、純粋な慈善活動や調査研究だけをするわけではない。「野鳥の森を保護するにも費用がかかる。ガイドでもうけないと事業は残らない」。商売人の家で育った八十田さんは収益源となるガイドツアーに熱心に取り組み、自然と会社の方針を体現していた。全2回の後編です。前編 刑務所は問いかける 星野リゾートが描く旧奈良監獄の未来インド放浪の末に しかし、3年が過ぎた頃、ふと迷いが生じた。「私はお金や利益が関わらなくても、動物や人のために動けるんだろうか」。自分をとことん見つめ直そうと思い立ち、人生観が変わるとも言われるインドに旅立つことを決めた。 現地に到着すると間もなく、西部地方で大災害が起きた。2万人以上が死亡したグジャラート地震だ。インターネットが使えるカフェを探し、休職中の会社にメールを送った。「今から(支援活動のために)被災地に向かいます。命の保証はないけど、後悔はしません」 被災キャンプではボランティアに合流し、料理の手伝いなどを始めた。ところが小さな子どもからも「水を持ってこい」と命令されて、何かとこき使われているように感じてしまった。活動のリーダーに相談すると「もっと自分の思いを捨てて働いたらどうか」と諭された。最高気温が40度近くになるキャンプで黙々と薄焼きパンを作り続けたが、「やってあげている」という意識が消えることなく、キャンプを去った。 次に向かったのは、カトリック教会の修道女、マザー・テレサが設立したホスピス「死を待つ人の家」。病気やけがで死を間近にした人たちに最期の安らぎを与えるための施設だ。道で行き倒れた人が次々と運び込まれ、約50人が床に寝かされていた。 八十田さんは患者の食事の世話をし、汚れたおむつを洗った。介抱中、自分の腕の中で亡くなってしまうこともあった。「私が最後の人になったんや」。そう思うと奉仕活動へのわだかまりが不思議と消え、使命感さえ覚えるようになった。 1年近くたち帰国を前に、最後に何かできないかと考えた。思いつ…この記事は有料記事です。残り2358文字(全文3328文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>