インタビュー毎日新聞 2026/10/12 07:00(最終更新 10/12 07:00) 有料記事 2255文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷野毛山から見た、関東大震災で被災した横浜の惨状。右後方は横浜港=1923年9月撮影 1923年の関東大震災における朝鮮人虐殺については、犠牲者数の他に、国家(政府・軍・警察)の関与と責任が大きな論点だ。虐殺が始まった横浜市での史実を探究する研究者、後藤周氏(77)は、新たに現れた当時の公文書を詳しく検証し、デマや流言で起きた民衆暴動を国家は詳細に調査したが、犯人検挙をできるだけ絞り、極力裁かない形で隠蔽(いんぺい)したと指摘する。【聞き手・伊藤智永】 ――朝鮮人虐殺について政府は「政府内に事実関係を把握できる記録は見当たらない」(岸田文雄内閣の松野博一官房長官)としています。 ◆おかしいですね。内務省、司法省、戒厳司令部(軍)、朝鮮総督府、各県市町村、各県警察部などが調査した報告書が何種類もあります。確かに多くが非公開で、発掘が進んだのは戦後ですが。 ――新たな公文書と、そこから読み取れることを教えてください。 ◆内務省の要請で、神奈川県知事が震災に伴う県内の朝鮮人と中国人の犯罪と保護の状況を調査した50ページの報告書「鮮高秘収第22号」(23年11月21日付)です。朝鮮人虐殺研究を開拓した姜徳相(カンドクサン)一橋大元教授(32~2021年)が晩年に古書店で入手し、没後、震災100年の23年に公表されました。内務省調査の存在は知られていましたが、具体的な内容が明らかになったのは初めてです。 震災初日(9月1日)から横浜市で「混乱に乗じ朝鮮人が暴れたり日本人を襲ったりするなど悪事を行っている」というデマ…この記事は有料記事です。残り1634文字(全文2255文字)Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>