ヒロシマの座標軸:死を降らせたのは誰? 73歳でデビューした画家の深い問いかけ

Wait 5 sec.

ヒロシマの座標軸毎日新聞 2026/10/12 06:00(最終更新 10/12 06:00) 有料記事 1403文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷丸木スマ「おんどりめんどり」=1955年、原爆の図丸木美術館蔵 「ピカは山崩れたーあ(「とは」の意味)ちがう、人が落(おと)さにゃ落ちてこん」 身近な自然や生き物を生命賛歌のように、独特な色彩でユーモラスに描いた画家の丸木スマ(1875~1956年)は、米軍が広島に投下した原爆で危うく命を落としかけた。 スマは連作「原爆の図」を妻の俊と共同制作した画家・丸木位里の母。滋賀県立美術館(大津市)で開催中の「丸木スマ展 73歳からのアーティスト」(11月23日まで)は、老齢になって画壇デビューしたスマの画業を作品や関連資料約130点でたどる。 会場を訪ねると原爆体験に焦点を当てたコーナーがあり、冒頭の言葉も紹介されていた。 言うまでもなく原爆は自然災害ではない。事の本質を突いた一文を目の当たりにして対比したくなったのは、2016年5月に現職米大統領として初めて被爆地・広島を訪れたオバマ氏のスピーチだ。平和記念公園で原爆慰霊碑を背にし、被爆者団体の代表らを前に17分間にわたった演説は、こう始まった。 「71年前、晴天の朝、空から死が降ってきて世界が変わりました」 都市の破壊と幾万もの死を強いた主体が「誰か」を明示せず、原爆投下責任への言及もなかった。 スマの言葉は米国を直接的に糾弾しているわけではなく、もっと深い問いかけを感じる。…この記事は有料記事です。残り864文字(全文1403文字)Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。【前の記事】周縁部から迫る被害の全容 山二つ越えた村の記録と記憶関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>