一冊からひらくスポーツ批評インタビュー 田原和宏毎日新聞 2026/10/13 08:00(最終更新 10/13 08:00) 有料記事 3643文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷クリケットの古典的名著「境界を越えて」の訳者、本橋哲也さん=東京都内で2026年9月29日午後5時57分、田原和宏撮影 折に触れ、読み返す一冊がある。作家で思想家、政治活動家でもあるC・L・R・ジェームズの「境界を越えて」(月曜社)。 「クリケットしか知らない者にクリケットの何がわかるというのか」。同書にはスポーツの本質を理解するには歴史や社会、政治的な背景を知る必要があるという警句がつづられている。一度聞いたら忘れられない印象的な言い回しで、スポーツ記者として大切にしている。 訳者で、カルチュラル・スタディーズを専門とする英文学者の本橋哲也さんに話を聞いた。【聞き手・田原和宏】 ――原著が出版されたのは1963年。スポーツの古典的名著とされ、英オブザーバー紙が2005年に読者投票などをもとにした「史上最高のスポーツ書籍50」で3位に選ばれました。それほどの本でありながら、日本国内では注目されず、15年に邦訳が刊行されるまで半世紀余りもかかりました。なぜでしょうか。 ◆端的に言えば、クリケットは日本で野球に比べて圧倒的になじみがないからです。英ヨーク大に留学していた時、クリケットをしたことがあります。野球に慣れ親しんだ身からすればキャッチはできるが、腕を曲げずに投げるのが思いのほか難しい。ルールも複雑で、打者は前だけでなく後ろに打ってもいいというのは不思議な感じがしました。試合はT20と呼ばれる3時間ほどで終わるものではなく、1日がかりのもの。のんびりとしてティータイムもあり、日本とは時間の感覚が違うと思いました。 もう一つ本質的な理由として、日本には英国の植民地主義の歴史が及んでいないことが挙げられます。クリケットはスポーツとして魅力的ですが、圧倒的に人気があるのはインドやパキスタン、スリランカといった南アジアのほか西インド諸島と呼ばれるカリブ海の国々、そしてオーストラリア。いずれも英国の植民地だったところです。 一方、日本で初めてクリケットの試合が行われたのは幕末の1863年。横浜居留地の外国人と英国海軍が対戦した記録が残っています。68年には英国商人らが横浜にクラブを設立しましたが、その後も神戸や函館などの居留地のある地域に限られました。米国人の教師らが生徒に教えたことがきっかけで、全国に広がった野球とは対照的です。 ――長らくマイナー競技扱いが続いた日本のクリケットですが、2010年に日本クリケット協会が事務所を栃木県佐野市に移転。それが転機となって近年は徐々に競技人口も増えています。18年には市内に国内初の国際規格を満たした国際クリケット場が完成。先月にはインドと日本の親善試合があり、日本は敗れたものの世界ランキング1位の強豪国と接戦を演じて盛り上がりました。ワールドカップ(W杯)と違い、日本国籍を要する愛知・名古屋アジア大会のメンバーでしたが、多くがオーストラリアや南アジアなど海外にルーツを持つ選手たちです。競技を通して新たな世界の広がりを感じました。 ◆興味深いですね。…この記事は有料記事です。残り2438文字(全文3643文字)Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。【前の記事】オリンピックの地域版で終わるな アジア大会の歴史的価値と役割関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>