万博での後悔が転機 アゼルバイジャン男性が伝える「母国の味」

Wait 5 sec.

ストーリー 面川美栄毎日新聞 2026/10/9 07:00(最終更新 10/9 07:00) 有料記事 2068文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷アゼルバイジャンカフェ「ざくろの木」の経営者のガハラマン・マッマドフさん=大阪市北区で2026年10月5日、長澤凜太郎撮影 多様な文化が来場者を魅了した大阪・関西万博で、母国の味をもっと知ってもらいたかった。 しかしトラブルもあり、願いは十分にかなわなかった。 万博が終わっても、残念がっていた来場者の顔が忘れられない。 だから彼は決めた。 大阪に残って店を開き、あの時伝えられなかった味で喜ばせようと――。 ガハラマン・マッマドフさん(42)。西アジアに位置するアゼルバイジャンの出身だ。 昨年開かれた万博で、アゼルバイジャン館の運営を取り仕切るオペレーションマネジャーを務めた。 空手好きの父の影響で7歳から習い始め、幼い頃から日本に親近感を抱いていた。 進学した大学で日本語を学んだ。いつか来日したいと考えていたが、実家の家計に負担をかけると思い、踏み切れなかった。卒業後は母国で公務員として働いた。日本への思い、抑えきれず 転機は2020年ごろに始まった新型コロナウイルス禍だ。 仕事はオンライン業務が中心となり、自分の時間が増えた。その時間を利用して日本語を再び勉強し始めたところ、日本に行きたい気持ちが抑えられなくなった。 2年後、仕事を辞めて念願の来日を果たした。 東京で日本語学校に通いながら、通訳などのアルバイトをして生活。母国に旅行会社を設立したこともあり、両国を行き来する日々が続いた。 日本に滞在していた時、知人から万博の仕事を手伝わないかと誘いを受けた。両国の関係を深めるのに役立てられればと快諾。25年の年明け、日本に戻り大阪で暮らし始めた。 アゼルバイジャンは北はロシア、西はジョージアやアルメニア、南はイランと接している。 「民族や宗教などが異なる人も一緒に住むことができる国だということを伝えたかった」万博での心残り アゼルバイジャン館では…この記事は有料記事です。残り1342文字(全文2068文字)Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>