「遥かな町へ」©2026 映画「遥かな町へ」 BARCOS 父が亡くなった。 9月13日のことだった。胃がんだった。葬儀を終えてから、私は何度も過ぎ去った時間のことを考えた。 あの時、別の選択をしていたら。あの言葉にもう少し耳を傾けていたら。もっと早く何かに気づいていたら。すでに過ぎ去ってしまった時間を前に、人間にできることは驚くほど少ない。 取り戻すことのできない時間への思いからなかなか抜け出せずにいる中で、錦織良成監督の「遥かな町へ」に出合った。Advertisement 谷口ジローが1998年に発表した同名漫画は、数ある彼の代表作の中でも特別な位置を占める。 日本では文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞し、フランスをはじめヨーロッパで広く読まれ、谷口という作家を世界に知らしめる作品となった。とりわけフランスでは45万部を売り上げ、アングレーム国際漫画祭で最優秀脚本賞を受賞した。 60年代の日本の地方都市を舞台にしたきわめて日本的な物語が、なぜ国境を越えてこれほど多くの読者に、まるで自分自身の記憶のように受け止められたのだろうか。48歳が14歳の体にタイムトラベル 48歳の中原博史(大谷亮平)はたまたま故郷の鳥取県倉吉市へ戻った際に、母、和江(戸田菜穂)の墓を訪れる。22年前に亡くなった母と自分が、いつの間にか同じ年齢になっていたことに気づいた彼は、「母さん、あなたは幸せだったのでしょうか」と問いかける。そして意識を失い、目を覚ました時、彼は63年、14歳の自分に戻っていた。体は少年だが、意識と記憶は48歳のままである。 未来を知ったまま過去へ戻る。タイムトラベル映画が繰り返し採用してきた、魅惑的な設定のひとつだ。 ハリウッドはここから、強烈な映画的快楽を生み出してきた。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の緻密な因果関係から「ペギー・スーの結婚」における人生の再考まで、過去はもう一度選択できる場所であり、未来についての知識はその選択を可能にする力となる。 一度失敗していても、愛する人を救い、狂ってしまった人生の針路を別の方向へ向けられる。選び直すことで世界は変えられるという楽天性が、力強い推進力となっていた。 一方谷口は、同じ設定をまったく別の方向へと展開させた。ハリウッドがタイムトラベルというジャンルの中で「もう一度選ぶことができる」という希望を発展させてきたとすれば、「遥かな町へ」が見つけたのは「もう一度見つめることができる」という可能性である。「その後」を知ることと「その人」を知ること 14歳に戻った博史は、自分の周囲にいる人々の未来を知っている。幼い妹が夢見ていたものとはまったく違う人生を送ることも、友人たちのうち誰が若くして命を落とすのかも、通訳や翻訳の仕事を夢見てアメリカへ行きたいと願う初恋の相手、長瀬智子(磯谷萌々子)がどのような人生を歩むのかも。 しかし映画は、そうした未来の知識を利用して彼らの運命を修正していく快楽へとは走らない。その代わり博史に、まだ自分の未来を知らない人々の「現在」をじっくりと見つめさせる。彼らにとってはまだ訪れていない時間が、博史にとってはすでに過ぎ去った時間だからである。「遥かな町へ」©2026 映画「遥かな町へ」 BARCOS これは消極的な運命論とは違う。むしろ「遥かな町へ」の物語的な独創性は、その人の「未来を知っている」ことと「その人自身を知っている」ことは、まったく別なのだと発見するところにある。博史は友人や家族の「その後」は知っている。しかし、彼らが当時何を夢見て、何を胸の内に隠し、どのような思いで日々を生きていたのかは知らなかった。 未来についての知識によって過去を支配できるかに思えた男が、自分がいかに多くのことを知らずに生きてきたのかを思い知らされる。この逆転こそが「遥かな町へ」をありふれた若返りや人生のやり直しのファンタジーから遠ざけている。 「遥かな町へ」は、過去を変える物語ではなく、過去の意味が変わる物語なのである。見知らぬ自分を見つめ直す この映画を見ながら、三宅唱監督の初期作品「Playback」(2012年)を思い出した。あの作品でもまた、中年に差しかかった男が故郷へ戻り、現実なのか夢なのか定かではない過去と出会う。 「Playback」が現在の肉体に過去の時間を重ね合わせたとすれば、「遥かな町へ」は14歳の肉体に48歳の時間を入れ込む。ただどちらの映画も、過去をもう一度攻略するための舞台にはしない。むしろ、現在の自分自身を見知らぬものとして見つめ直す場所にする。 「遥かな町へ」は、こうした繊細な時間感覚を親と子、初恋、故郷というきわめて大衆的な題材によって描いている。難解になりかねない時間の問題を、誰もが自らの経験に引き寄せて考えられる家族映画にしている点で、この作品は親しみやすく、同時に懐が深い。フランスでも成立した普遍的な感情 そしてここにこそ、原作が世界で愛された理由も見つけることができる。日本的なものをそぎ落とすことによって普遍的になったのではない。むしろ場所と暮らしを執拗(しつよう)なほど具体的に描いたからこそ、そこに生きる人々の感情が鮮明になったのである。 倉吉はパリでもソウルでもない。しかし、子供の頃には知ることのできなかった親の若き日を、後になって思い浮かべる経験はどの国でもあり得る。 消えてしまった街を思い出し、あの時に聞けなかったことを考え、すでにこの世を去った人に、今なら何を尋ねたいだろうと思う。そこに、国境はない。きわめてローカルなものが、かえって最も普遍的な感情へ到達する。その逆説こそ、この物語の力なのだ。 だからこそ、10年にサム・ガルバルスキ監督が「遥かな町へ(QUARTIER LOINTAIN)」の舞台をフランスのナンチュアへ移しても、物語は崩れなかった。ガルバルスキが自身の仕事を単なる映画化というより、原作に対する「解釈」として語ったのもそのためだろう。場所を移し、時代の細部を変えても、最後まで残る人間の感情。倉吉から世界へ、そして倉吉へ それから16年後、錦織監督の映画は正反対の道を選んだ。ガルバルスキ版がこの物語を世界へ連れ出したのだとすれば、今回の作品は世界をもう一度、倉吉へと呼び戻す。 錦織監督は原作をそのまま映像化すれば5時間ほどになる内容を2時間あまりに圧縮しながらも、谷口の世界観を壊さないことを大切にしたと語っている。その選択は正しかった。 フランスの小さな町へ移しても成立することがすでに証明された物語を、あえてもう一度日本で映画にする理由は、原作を忠実に複製することではない。この普遍的な感情が、そもそもどれほど具体的な場所と時間から生まれたものだったのかを、映画という媒体によって再発見することにある。 だから今回の「遥かな町へ」では、倉吉そのものが背景以上の存在となる。人物が歩いていく道の奥行き、旧式のバスが通り過ぎる画面の幅、古い建物と人との距離までもが、漫画のコマとは異なる方法で時間を作り出す。細部を満たす昭和の風景 そしてこの映画がとりわけ美しいのは、そうした時間の感覚を物語として説明するだけでなく、空間と画面によって作り上げていることだ。 実際の倉吉を中心に撮影された63年の風景は、驚くほど豊かである。旧式のバス、洋服店、学校や駅、カレーを食べる洋食店、海水浴場の水着、「アラビアのロレンス」が上映されている映画館。「遥かな町へ」©2026 映画「遥かな町へ」 BARCOS そんな細部がシネマスコープの画面を満たしていく。まだ世間に知られていないプロレス技の“コブラツイスト”を博史が友人にかけても、誰もその技の名前を知らないという小さなユーモアも、時代の中へ溶け込んでいる。 それらは決して、「昭和レトロ」という商品化された安易なノスタルジーではない。錦織監督は過去を単に陳列するのではなく、そこに人々が実際に暮らしているという感覚を作り出す。博史が帰ってきたのは、「昔」という抽象的な時代ではない。自分がかつて生きていた毎日なのだ。 だから題名にある「遥か」という言葉も、単に時間的な距離を意味するものではないのだろう。確かに自分が生きていたにもかかわらず、もう二度と中へ入ることのできない世界を目の前にした時に生まれる、距離感に近い。 時間が反転する瞬間を扱う演出も、抑制が利いている。映画はタイムトラベルというジャンル的な事件を、特殊効果による見せ場にはしない。桜の花びらが逆向きに舞い上がる瞬間を過ぎると、いつの間にか周囲の世界が変わっている。過去へ戻ったという事実そのものより、戻った後で何を見ることになるのかのほうが重要だからだ。 感情を大きな事件や表情で押し切るのではなく、人物と風景の間に十分な余白を置くこの抑制は、原作とも見事に響き合っている。父親の生きた人生を見つめる そして映画はその美しい昭和の風景の中で、その夏に家族のもとを去った博史の父、与志雄(滝藤賢一)という人間の新たな姿を少しずつ見せていく。 少年の博史にとって父とは、ある日突然家族のもとを去ってしまった人だった。しかし48歳の意識を持って戻ってきた彼は、自分が知っていたのは父の人生の「結果」にすぎず、その人がどのような人生を生きてきたのかをほとんど知らなかったことに気づく。 戦争と死、偶然の出会いと責任の中から現在の家族が生まれ、自分が生まれる以前から、父には父だけの時間があった。 クライマックスにおける与志雄と少年の博史(及川桃利)の対話で、映画はいきなり顔をクローズアップして感情を押しつけたりはしない。広い画面の中にいる2人を遠くから十分に見つめ、もはや感情が後へ退くことのできない瞬間になって初めて、顔と手へ近づいていく。 谷口の余白をまねるのではなく、シネマスコープの距離と持続時間へと翻訳したのである。原作への敬意が映画的な創造へとつながった、実に幸福な例だ。 やがて博史は父に尋ねる。「父さんは幸せかい?」。父は家族がみんな元気に暮らしているのだから幸せだと答える。その答えも、見かけ通りの単純なものではない。 幸せな人生と自分で選んだ人生は、同じなのだろうか。愛する家族とともにいることと、自分自身の人生を自ら決めたということは、いつも一致するのだろうか。 与志雄が自らの人生について語りながら、「そりゃ、幸せだったけどな」と口にした瞬間、私は崩れた。その短い言葉の中には、これまで生きてきた時間を否定することなく、それでも別の人生を夢見ることのできる人間の複雑さがあった。 滝藤は、それを大げさな涙や激情によって表現しない。表情がほんの少し変わるだけだ。錦織監督も、その感情を説明しようとはしない。この作品で最も大きな出来事は、むしろこうした静かな瞬間に起きる。他人をいかにわずかしか知らないか 父を亡くした直後に出合った「遥かな町へ」は、私の後悔を消してくれる映画ではない。過ぎてしまったことは仕方がなかったのだと安易に慰めてくれる映画でもない。 むしろ、人間が他人の人生についてわずかなことしか知らないのかを、きわめて繊細に見せてくれる。たとえそれが最も身近な家族であったとしても。そのことに気づくために、大げさな奇跡は必要なかった。遥かな昭和のある夏、14歳になった一人の男が、自分よりも若い父の顔をもう一度見つめる。それだけで十分だった。 そしてソウルのマンションの明かりの消えた部屋で、私は黙って1枚の写真に触れていた。私と驚くほどよく似た顔をした、決して幸せとは言えなかった家庭環境から私を救い出し、世界を夢見ることを教えてくれ、最後まで誰よりも私を信頼し、誇りに思ってくれた、懐かしい風雲児の写真を。(洪相鉉)