「バイオハザード」 カプコンが生んだ世界的な人気ゲーム「バイオハザード」を、ハリウッドがまたしても映画化した。実写映画化はこれが8度目。そう聞くと「またか」「ハリウッドは相変わらずマンネリだな」と思う向きもいるかもしれない。 しかしザック・クレッガー監督が手がけた最新作「バイオハザード」(2026年)は、マンネリとはかけ離れた極めて独創的な仕上がりで、本国アメリカでは観客と批評家の双方から絶大な支持を得て大ヒットを飛ばしている。Advertisement 筆者の考察については後述するが、まずは「まぎれもない快作」という評価を記しておきたい。ジョボビッチ主演で大ヒット ミラ・ジョボビッチが映画オリジナルの主人公アリスに扮(ふん)した「バイオハザード」シリーズは02年にスタートし、「バイオハザード:ザ・ファイナル」(16年)まで全6作品が作られた。累計の世界興収は12億ドルを超え、ゲーム原作の実写映画としては史上最大級の成功を収めたフランチャイズとなった。「バイオハザード」 最大の売り物はジョボビッチが群がるゾンビや強敵をなぎ倒す、華麗にして超人的なアクション。 ただし回を重ねるごとにスペクタクルの度合いやSF色を強め、アリスのヒロイックな軌跡に焦点を当てたこのシリーズは、本来はサバイバルホラーである「バイオハザード」の本質からどんどん逸脱していった。 その後、スタッフ&キャストを一新し、ゲームの世界観に回帰したシリーズ7本目のリブート作「バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ」(21年)が製作されたが、こちらは芳しくない興行にとどまった。今回のクレッガー監督の新作は、2度目のリブート版という位置づけになる。新鋭クレッガー監督 医療物資専門の配達員ブライアン(オースティン・エイブラムス)が、とある病院で緊急の仕事を依頼される。荷物の届け先はラクーンシティ総合病院。通常より2倍の賃料と引き換えに請け負ったブライアンは車を走らせるが、雪が降り積もる森の道に突然飛び出してきた女性をはねてしまう。それをきっかけにブライアンは、バイオ企業のアンブレラ社が引き起こした恐ろしい感染パニックの渦中に巻き込まれていく……。「バイオハザード」 「バーバリアン」(22年)、「WEAPONS//ウェポンズ」(25年)の2作品で一躍、現代ホラーの要注目監督となったクレッガーは、ゲーム版の熱烈な愛好者だという。彼が執筆したオリジナル脚本は、ファンにはおなじみの“ラクーンシティ”や“アンブレラ”といった固有名詞を受け継ぎながらも、まったく新しいアイデアに基づいている。 まず物語は「A地点からB地点まで荷物を運ぶ」というこのうえなくシンプルな筋立てで、いわば「恐怖の報酬」(1953年ほか)のような古典的なサスペンス活劇の構造を受け継いでいる。 むろん主人公は、道中でとんでもないイベント=怪物との遭遇などの異常事態に何度も出くわし、迂回(うかい)を重ねて迷走していくのだが、より重要なのはブライアンが特殊な戦闘能力を一切備えていない平凡な配達員だということだ。「あーっ、そっちに行くな!」 臆病なブライアンはことあるごとに弱音や愚痴をこぼし、滑稽(こっけい)なくらいあたふたしながら危機を切り抜け、おそるおそる見知らぬルートを前進していく。「バイオハザード」 その途中、丸腰だった彼は、拳銃や旧式のショットガンといった武器を入手する。ゲーム内のプレーヤーがそうであるように。 さらにクレッガー監督は、ゲームのユーザー視点を模した背後からのトラッキングショットを多用。ブライアンが右を向けばカメラは右にパンし、観客とブライアンの視点を巧みに同化させる。 筆者も経験があるが、ゲームのコントローラーの操作に不慣れなうちはキャラクターが思い通りに動いてくれず、「あーっ、そっちに行くな!」などと叫んでしまったりすることがある。まさしく本作は、そうしたゲームのプレー感覚を映画の体感性へと転化しているのだ。「バイオハザード」 かくしてストーリーやキャラクターは新しいのに、感覚的にはゲーム版に忠実というユニークな作品が完成した。これはゲームの映画化におけるひとつの“発明”と言ってもいい。詩情漂う不穏な雪野原 そして本作の映画的な魅力をいっそう際立たせているのが、“雪に覆われた一夜の物語”という設定と、それを具現化した映像だ。撮影監督を務めたのは、「プロメテウス」(12年)、「オデッセイ」(15年)、「ナポレオン」(23年)といったリドリー・スコット作品で知られるダリウス・ウォルスキー。「バイオハザード」 車のヘッドライトだけに照らされた真っ暗な林道、広大な雪原にぽつんとたたずむ農場の一軒家など、「ファーゴ」(1996年)と見まがうようなそれらの光景は不穏な静寂に支配され、美しい詩情すら漂う。白銀と暗闇、雪と鮮血のコントラストも強烈で、この優れたビジュアルは筆者が最も推したいポイントである。 そのほかにもクレッガー監督の作家性は遺憾なく発揮されている。 ブライアンがトンネルや地下道などの新たなポイントに進むたびに、何が飛び出してくるかわからないスリル。恐怖と笑いを表裏一体にしたサプライズ演出の数々。洗練されたさじ加減でグロテスク感とポップなテイストを混ぜ合わせた作風は、クレッガーが得意とするテイストだ。 奇怪な融合、増殖を遂げるクリーチャーは「遊星からの物体X」(1982年)の寄生エイリアンを想起させ、これも既存のゾンビ映画とは一線を画す見どころとなる。「アニマル・ファーム」のナゾ また、本作は観客にハラハラドキドキを提供することに徹したアトラクションムービーではあるが、さりげなく面白い心理的要素が盛り込まれている。「バイオハザード」 序盤、ブライアンは恋人のミシェルとスマホで会話を交わし、彼女が妊娠したことに不安を感じている様子がうかがえる。 一見するとブライアンは「2倍の報酬」に目がくらんで時間外の配達を引き受けたように描かれているが、彼の胸の内には「まだ俺は父親になる覚悟ができていない」→「だから彼女のもとに帰りたくない」→「ひとまずラクーンシティに荷物を運ぶことにしよう」という現実逃避的な本音が隠されている可能性がある。 やがて訪れるクライマックス、哀れなブライアンはその深層心理が最悪の形で悪夢化したようなおぞましい空間に足を踏み入れるはめになるのだ! 最後に、個人的に驚かされた点について。ラストシーン直後のエンドロールに、ザ・キンクスの牧歌的な楽曲「アニマル・ファーム」が流れたことだ。「バイオハザード」 あまりにも場違いで意表を突いた選曲だったので、この曲が収録されたアルバム「ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ」が大好きな筆者は、自宅に戻って歌詞を調べ直し、あれこれ想像をめぐらせることになった。 いまだ答えは見つかっていないが、A地点からB地点をめざすこの古典的で最先端の荷物運び映画は、ひょっとすると二度と後戻りできない人生と世界についての寓意(ぐうい)をはらむサバイバルホラーなのかもしれない。(高橋諭治)