毎日新聞 2026/5/24 06:30(最終更新 5/24 06:30) 有料記事 3326文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷ニュルンベルク裁判記念館で公開されている600号法廷=独ニュルンベルクで2025年8月31日午後4時2分、松原由佳撮影 第二次世界大戦での敗戦から80年あまり。負けたのは同じでも日本とドイツの歴史への向き合い方には大きな違いがある。記者はそう感じる体験をした。 日本の軍事的・政治的指導者を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)と、独ナチスを裁いたニュルンベルク国際軍事裁判。二つの法廷跡を訪れると、歴史的転換点の舞台をどのように後世の人々に伝えるか、その姿勢の違いは明らかだった。 前中後編の後編です 前編:秦郁彦さんが語る東京裁判 中編:専門家に聞く東京裁判長らく現役の法廷として活用 ドイツ南部バイエルン州でミュンヘンに次ぐ第2の都市、ニュルンベルク。旧市街から西へ約3キロの場所に「ニュルンベルク裁判記念館」はある。 昨年8月、記者はドイツ観光局によるプレスツアーの一環で訪れた。 「600号法廷へようこそ。何か気づくことはありますか」。案内役を務めた記念館の研究員、レベッカ・バイスさんは記者たちに問い掛けた。 「空間が狭いように感じる」「小さいね」 米国や英国、イスラエルなど世界各地から集まった記者たちが口々に答える。「その通り」とバイスさんはうなずいた。「この空間は1945年と現在で異なります」 ニュルンベルク国際軍事裁判は、東京裁判に先行する形で45年11月~46年10月に開かれた。米、英、仏、ソ連の4カ国が「平和に対する罪」や「人道に対する罪」など新たな概念で戦争犯罪人を裁いた初めての裁判だ。約1年にわたる裁判の後、ナチス・ドイツの主要戦争犯罪人22人のうち19人が有罪。うち12人は絞首刑を宣告された。 裁判は、45年に爆撃によって損傷したニュルンベルク裁判所を大規模改修し、傍聴席を増やした「600号法廷」で開かれた。61年にドイツに返還された後は以前の形に戻され、長らく現役の法廷として活用された。80年前へ「タイムトラベル」 週末限定で一般公開されるようになったのは2000年。20年に法廷としての役目を終え、現在は裁判の記憶を伝える場として公開されている。 「ニュルンベルク裁判の約束は…この記事は有料記事です。残り2476文字(全文3326文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>