読む政治:派閥解散の代償と皮肉な現実 二分化で展望見えぬ旧岸田派

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読む政治毎日新聞 2026/5/25 06:00(最終更新 5/25 06:00) 有料記事 3254文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷宏池会の解散届が提出されたことを受け、記者の質問に答える岸田文雄首相=首相官邸で2024年9月3日午後7時18分、平田明浩撮影 ゴールデンウイーク明けの5月9日夕方、岸田文雄元首相の姿は山梨・河口湖近くのリゾートホテルにあった。自ら企画した「旧宏池会(旧岸田派)有志秘書会」の研修会で講師役を務めるためで、出席者によると、岸田氏は約30人の秘書の前でこう語った。 「派閥は解消したが、宏池会は伝統ある政策集団だ」 岸田氏は、自らが率いた旧宏池会への愛着をこう示した上で、若き日に、同派の衆院議員だった父・文武氏の秘書として仕えたエピソードを交え、ねぎらいの言葉を口にしたという。その後、岸田氏は夜の懇親会にも出席し、翌日はゴルフ場で秘書らとのラウンドに汗を流した。そんな元首相の行動を、参加者の一人は「宏池会再結集への意欲」と受けとった。 2024年1月、安倍派を震源地とした自民党の派閥裏金事件を受け、当時首相だった岸田氏は、派閥から「カネと人事」を決別させるべく、直前まで会長を務めていた宏池会の解散を宣言した。首相が先頭に立って自らの派閥を畳む決断を下した影響は大きく、他派閥は立て続けに解散の道を選択。麻生太郎副総裁が率いる麻生派を除き、党内から派閥は姿を消した。 派閥解消後の自民党の「今」を5回に分けて検証します。 次回は、26日午前6時にアップ予定です。 旧岸田派の場合、派閥という枠組みがなくなったことで集団には大きな遠心力が働くこととなった。岸田氏の首相退任後、2度の総裁選を経て、旧岸田派は派閥ナンバー2の座長だった林芳正総務相を推すグループと、無派閥の小泉進次郎防衛相を推すグループとで事実上の分裂状態に陥った。さらに25年総裁選で林氏と小泉氏が高市早苗首相に敗れたことで、両グループには「非主流派」のレッテルもつきまとう。 一方、派閥解消にあらがった麻生派は高市政権誕生の流れを作り、党の主要ポストを握る。旧安倍派の議員らは高市政権発足に伴い復権した。党内ではそのほか、新人議員の取り込みに躍起な実力者によるグループ化が進むなど、さまざまなベクトルの集団化が進行している。 そんななか、岸田氏が求めたのは皮肉…この記事は有料記事です。残り2401文字(全文3254文字)【時系列で見る】【前の記事】ナフサと消費税で「行動」望む世論 高市内閣支持率、50%まで下落関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>