「従わんば銃殺」軍命で全住民が「山上がり」 喜界島81年前の急迫

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深掘り2026年5月30日 8時00分有料記事奥村智司【動画】奄美の喜界島で戦時中にあった集団避難について話す大倉忠夫さん=奥村智司撮影 81年前の1945年5月、特攻機の中継地になっていた奄美群島の喜界島(鹿児島県喜界町)で、島で暮らす全住民を山中に集める軍命が出た。沖縄に続く米軍上陸に備え、拒否すれば銃殺というこの集団避難は「山上(やまあ)がり」と呼ばれた。結果的に上陸はなく、沖縄の各地で起きた「集団自決」も避けられたが、ぬかるむ壕(ごう)に死を覚悟して身を潜めた記憶とともに、その後の人生を歩んだ人たちがいる。 45年4月、沖縄本島に米軍が上陸して地上戦が始まると、日本海軍の飛行場があった喜界島は、沖縄へ向かう特攻機の中継地となった。飛行場を狙った米軍の空襲が激しさを増す中、軍から島民への命令が下された。奄美群島と喜界島の地図「命令に従わんば銃殺するっちど」 「戦時でも異常なことだったのでよく覚えている」。当時、13歳だった大倉忠夫さん(94)=神奈川県横須賀市=は、島で「山上がり」と呼ばれた集団避難を振り返る。 飛行場そばの中里集落に住み、連日の空襲に見舞われた一家は4月から近くの洞窟に避難していた。5月19日、父親が洞窟に来た区長と深刻な様子で話していた。山への移動を求める軍の命令を伝えられたのだ。 「すでに避難している。ここに残れないだろうか」。父親が尋ねると、「命令に従わんば銃殺するっちど(銃殺されてしまうぞ)」と区長は怒ったように言った。 大倉さんの一家11人は間も…この記事を書いた人奥村智司西部報道センター|論説委員補佐専門・関心分野安全保障/エネルギー/水俣病/カネミ油症関連トピック・ジャンルこんな特集も注目ニュースが1分でわかるニュースの要点へ5月30日 (土)日本の人口、1億2305万人海外での健康管理マニュアル完全養殖ウナギ、世界初販売5月29日 (金)警報・注意報の表現を変更皇族数の確保めぐる原案判明出産費用 自己負担ゼロへ5月28日 (木)国家情報会議の新設法が成立給付付き税額控除、大枠判明フェルメール展、大阪開催へ5月27日 (水)巨人・阿部慎之助監督が辞任ローマ教皇、AIの指針発表国内最悪の汚染 処理完了へトップニューストップページへ事故の運転手は85歳「人が集まらず」 中型バスでは駐車時に支障も5:00山口良治さん死去 伏見工高率いてラグビー日本一の「泣き虫先生」7:34高市首相の取材対応に指摘相次ぐ 木原官房長官「多忙」と弁明21:54加藤登紀子さんの「日々のごはん、思い出ごはん」 チャイで始まる朝8:00イスラエルが国連事務総長との関係「凍結」 性的暴力の認定に反発5:11【社説】阿部監督の辞任 家族からの暴力、相談者を責めない社会に19:00