歴史のまなざし 司馬遼太郎没後30年:「誤解された作家」の平和観 司馬遼太郎が描いた殺さない人々

Wait 5 sec.

歴史のまなざし 司馬遼太郎没後30年インタビュー 石川将来毎日新聞 2026/5/26 07:00(最終更新 5/26 07:00) 有料記事 4157文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃を続けるイスラエルに抗議の声を上げる人たち=東京都新宿区で2024年2月18日午後5時14分、和田大典撮影 あの人なら、混迷極まる今の世界をどう見るだろう。独自の歴史観で数々の小説を手がけ、「国民作家」と称された司馬遼太郎(1923~96年)は今年、没後30年を迎えた。 残された司馬作品を手引に、「この国の平和のかたち」を考察する人々がいる。元東海大教授でロシア文学者の高橋誠一郎さん(76)も、その一人だ。 劇的な筆致で展開される司馬の英雄伝的作風は、時に過度な愛国心教育の要求やナショナリズムの高揚に利用されてきたきらいがある。しかし、高橋さんの理解は異なる。司馬が描いた主人公らの中に、人を殺したり、他者を排斥したりするのを避ける姿勢を見いだした。 国際法がないがしろにされ、各国が一方的な「正義」を掲げ、対立を深める現代。戦争や報復の連鎖がやまない中、高橋さんとともに司馬の「平和観」を見つめ、未来を考えてみたい。再ブームと愛国心教育 戦後復興の中で育った高橋さんは、冷戦下の核兵器を巡る世界情勢などに触れながら、平和への思索を深めていった。司馬を本格的に考察し始めたのは、死去直後の「再ブーム」がきっかけだ。 日露戦争を取り上げた代表作「坂の上の雲」は、「明治日本の成功物語」として語られる機会が増えた。保守派の論客は「日本人の能力と美質がいかんなく発揮された」と評し、司馬史観の特徴を「健康なナショナリズム」などと論じた。また、従来の歴史教育は日本を悪として描く「自虐史観」だとし、自国に誇りを持てる歴史教育を実現すべきだとも主張した。その後、国内で新たな歴史教科書をつくる動きが高まった。 高橋さんは危機感を覚えた。学生時代から「一愛読者」として触れてきた司馬作品の印象とは、正反対の内容が論じられていると感じたからだ。「『坂の上の雲』は日露戦争をたたえた作品ではない」…この記事は有料記事です。残り3417文字(全文4157文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>