InMyLife・旅の途中で:100年先見つめて デザイナー・皆川明さんが手渡したバトン

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InMyLife・旅の途中で毎日新聞 2026/5/31 10:01(最終更新 5/31 10:01) 有料記事 3871文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷質問に答えるデザイナーの皆川明さん=東京都港区で2026年4月23日、内藤絵美撮影 高校卒業まで洋裁経験がなく、自ら「不器用」と語る「ミナ ペルホネン」のデザイナー、皆川明さん(58)。得意ではないからこそ、工夫して続けることが自分に向いていたと振り返ります。 魚市場のアルバイトや、自家用車での飛び込み営業。独立後の”修行”を経て、多くのファンを得たミナのデザインは暮らしのさまざまな領域に羽ばたいていきます。 そんな中、53歳で代表を辞任。皆川さんの心には、ある思いがありました。 前編:「陸上一筋」から一転 「ミナ ペルホネン」が生まれるまで魚市場で働きながら <1995年、ミナ設立。東京・八王子のアトリエで「せめて100年続くブランドに」と紙に書いた> 縫製工場の後、オーダーメードの店と布を作る会社で働きました。 パリコレの時もそうでしたが、声をかけられ、「やってみます」と始めた仕事ばかり。偶然つながった縁なので、同じ人生を歩むことはできない気がします(笑い)。 縫製と型紙、布作りの仕事を一通り経験し、自分でブランドをやってみようという気持ちになりました。 八王子で借りたのは2Kの平屋。フィンランド語で「私」を意味する「ミナ」をブランド名にしました。服を作るのも着るのも一人の「私」。ファッションは突き詰めると「私」です。 当時はだいたい創業者の名前がブランド名でした。でも私は自分の人生でブランドを終わらせるのではなく、誰かにバトンをつなぎ、せめて100年続くブランドにしたいと考えていました。 なので自分の名前を表に出すのは違うと感じたんです。一人ではゴールできないという考え方には学生時代にやっていた駅伝も影響していると思…この記事は有料記事です。残り3189文字(全文3871文字)【前の記事】「陸上一筋」から一転 「ミナ ペルホネン」が生まれるまで関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>