恥ずべき存在だった父 死から25年後に気づいた、あるトラウマ

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ストーリー 肥沼直寛毎日新聞 2026/5/31 11:00(最終更新 5/31 11:00) 有料記事 1977文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷戦争で心に傷を負った兵士に関する常設展示が始まった戦傷病者史料館「しょうけい館」で、思いを語る黒井秋夫さん=東京都千代田区で2026年2月26日、肥沼直寛撮影 77歳で亡くなった父は、抜け殻のようだった。周囲から「でくの坊」とからかわれ、恥ずべき存在だった。 東京都武蔵村山市の黒井秋夫さん(77)は、父と話をしたり笑い合ったりした記憶がない。仕事を転々として定職にもつかず、生活も厳しかった。家でも無気力でただいるだけ。日常の会話もほとんどなかった。父親らしいことを何一つしてもらったことはない。周囲との関わりを拒み、地区の行事は母や兄が参加していた。 「こんな大人にはなるまい」。友人との会話でも父の話にならないように話題をそらした。自分の進路も相談しなかった。何も返答がないことは分かっていたからだ。それでも20歳を過ぎた頃、結婚したいと思った女性について話してみた。しかし一言も返ってこず、「改めてショック」を受けた。 亡くなってからもずっと「ダメな大人」という心証しか残っていなかった。ところが25年後の2015年、父への軽蔑のまなざしが自責の念へと変わることになる。きっかけは、あるドキュメンタリーだった。全2回の前編です。後編へのリンクは文末に存在すら忘れていたアルバムに 定年退職後、妻と国際NGO「ピースボート」の世界を巡る船旅に出た時のこと。何の気なしに船内行事で上映されていたDVDを見た。タイトルは「9条を抱きしめて」。ベトナム戦争から帰還した米海兵隊員を追った記録映像だった。主人公は沖縄での訓練後に前線に送られ、戦場で子どもをも手に掛けた。その記憶は除隊後も自らを苦しめた。家族に暴力を振るい、人との交わりを拒むようになる。凄惨(せいさん)な体験により心的外傷後ストレス障害(PTSD)で精神を病んでいたのだ。黒井さんは息をのんだ。主人公の姿は、人を寄せ付けず孤立を深めていった父の記憶と重なった。 黒井さんの父・慶次郎さんは2度にわたり…この記事は有料記事です。残り1223文字(全文1977文字)後編につづく 「ないもの」とされた心の傷 現在にも続く過酷な現実を明らかにあわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>