ストーリー 肥沼直寛毎日新聞 2026/5/31 11:01(最終更新 5/31 11:01) 有料記事 3348文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷厚生労働省の担当者との面会に臨んだ黒井秋夫さん=東京都千代田区で2026年3月5日、吉田航太撮影 戦場で凄絶(せいぜつ)な光景を目の当たりにし、加害した罪の意識にさいなまれた旧日本軍の兵士たち。復員後、ある者は心をふさぎ、ある者は酒に浸り、ある者は暴力に走った。心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの「戦争トラウマ」について、国が2024年度に初の実態調査に乗り出すまで、なぜ終戦から80年近くもかかったのか。そこには、その存在自体がないものとされてきた歴史がある。全2回の後編です。前編はこちら 恥ずべき存在だった父 死から25年後に気づいた、あるトラウマ軍、秘密裏に…… 戦争で心を病む兵士がいることは、第一次大戦の頃から指摘され、日本では「砲弾病」「戦争神経症」と呼ばれた。現在、戦争トラウマと呼ばれる症状に近いものだ。しかし、第二次大戦中、軍は患者の存在を否定し隠蔽(いんぺい)した。 陸軍省の幹部が1938年に貴族院で「世界戦争で欧米軍に多発した戦争神経症は、一人も発生していない」「皇国民の特質志気が旺盛であることを如実に示すもの」と述べた記録が残り、当時の新聞では「皇軍に砲弾病は皆無」としたプロパガンダ的な報道も見られた。 一方で軍は、精神疾患の兵士を陸海軍病院で秘密裏に治療していた。その一つである国府台陸軍病院(千葉県市川市、現国立国府台医療センター)には…この記事は有料記事です。残り2807文字(全文3348文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>