苦悩の移設容認「沖縄の痛さを…」元名護市長・比嘉鉄也さん死去

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比嘉鉄也さん=沖縄県名護市で2016年4月1日午後1時54分、川上珠実撮影 沖縄県名護市長を務め、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市沖への県内移設計画を受け入れた比嘉鉄也(ひが・てつや)さんが6日、老衰のため死去した。99歳。喪主は養女真理(まり)さん。 名護市議を経て1986~98年に市長を務めた。3期目の96年、日米両政府は普天間飛行場の返還に合意したが、県内での代替ヘリポートの建設が条件とされ、名護市辺野古沖の海上が候補地とされた。97年12月21日、名護市でヘリポート建設の是非を問う市民投票が実施されると、建設反対が52・86%に上り、賛成45・33%を上回った。 ところが、比嘉さんは3日後の24日に首相官邸で橋本龍太郎首相(当時)と会談し…Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。