毎日新聞 2026/11/7 15:51(最終更新 11/7 15:51) 337文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷比嘉鉄也さん=沖縄県名護市で2017年4月12日午後3時6分、川上珠実撮影 沖縄県名護市長を務め、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市沖への県内移設計画を受け入れた比嘉鉄也(ひが・てつや)さんが6日、老衰のため死去した。99歳。喪主は養女真理(まり)さん。 名護市議を経て1986~98年に市長を務めた。96年に日米両政府は普天間飛行場の返還に合意したが、県内での代替ヘリポートの建設が条件とされ、名護市辺野古沖の海上が候補地とされた。97年12月21日、名護市でヘリポート建設の是非を問う住民投票が実施され、建設反対(条件付き反対を含む)が賛成を上回り過半数を占めたが、3日後の24日に首相官邸で橋本龍太郎首相(当時)と会談し、建設の受け入れを表明した。翌25日、「市民を二分し、苦渋の選択をさせた」として辞意を正式表明し、98年1月に退任した。Google検索で「毎日新聞」の記事を優先的に表示できます。関連記事あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNS