インタビュー 西本龍太朗毎日新聞 2026/5/17 12:00(最終更新 5/17 12:00) 有料記事 3031文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷英国ロイヤル・バレエ団プリンシパルの高田茜さん=東京都渋谷区で2026年2月1日、西本龍太朗撮影 英国ロイヤル・バレエ団のダンサー、高田茜さんは2016年、26歳で最高位のプリンシパルに昇進し、多くの作品で主役を務めている。 7月にはバレエ団の来日公演があり、「ジゼル」「リーズの結婚」の2作品で主演する。 プリンシパルになった当初は「その器ではない」と痛感。 けがで「もう踊れないかもしれない」と思う時期もあった。 さまざまな経験を経て充実期を迎える高田さんは「ロイヤル・バレエは日本が大好き。自分たちのベストを見せたいです」と語る。【聞き手・西本龍太朗】再生医療でけがから復帰 ――昨年、けがから復帰されました。どのようなけがだったのか、差し支えない範囲で伺えますか。 高田さん 20代前半から左の膝がずっと良くなくて、もともと手術をしていました。その影響で膝がずっと悪かったのが、さらに悪化してしまいました。何回か膝(が原因)で公演を休むことがあり、コロナ明けからは1年以上お休みをいただいてしまいました。 治療法があまりなかったのですが、再生医療という方法を試しました。それが運良く(効果があって)、今につながっています。それまでは本当に「もう踊れないかもしれない」という感じでした。バレエが救ってくれた ――英国ロイヤル・バレエ団でプリンシパルに昇進してから10年となります。最初に思い描いていたプリンシパルの姿と現在のご自身を比較して、違いはありますか。 ◆「プリンシパルだからこうなりたい」というより、「ダンサーとしてこうありたい」と思っていました。プリンシパルに昇進した時は「力不足なのではないか」と思い、プリンシパルになってからも「これでは全然ダメだ」という時期がすごく長かったです。楽しめていないというか……。 ――具体的にどういう部分が「力不足」と感じたのですか。 ◆テクニック的にもお客さまに伝える力にしても満足がいかず、小さなミスでもすごく落ち込んでしまいました。たぶん、自分の期待値をすごく上げてしまっていたというか、「ロイヤル・バレエのプリンシパルを見に来ている」というお客さまに満足して帰ってもらうには「もっともっとやらなくちゃいけない」「もっともっと頑張らなくちゃいけない」という気持ちが大きかった。それで苦しくなってしまっていました。 でも、その時にけがをして、けがから復帰した時に「バレエが救ってくれた」という気持ちになったのです。なんか「ああ、もう踊れるだけでいい」というか。そういう気持ちになってから、ありのままの自分を受け入れやすくなったような気がします。弱みを受け入れ、深めた理解 ――昇進時は「吉田都さん(現・新国立劇場舞踊芸術監督)以来、日本人女性で2人目のプリンシパル」と話題になりました。そう言われることへのプレッシャーなどはありましたか。 ◆ありましたね。やっぱり、私としては「まだプリンシパルの器ではないし、運…この記事は有料記事です。残り1845文字(全文3031文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>