現場ルポ 河津啓介毎日新聞 2026/5/16 06:30(最終更新 5/16 06:30) 有料記事 2330文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷文革期に建造された林彪の秘密基地「704工程」の入り口=中国浙江省杭州市で2026年4月12日、河津啓介撮影 今から60年前の1966年5月16日、中国共産党中央政治局拡大会議で「5・16通知」が採択された。建国の父、毛沢東が実権の奪還を狙って発動したとされる文化大革命(文革)の幕開けである。 「造反有理」を叫ぶ紅衛兵が国土を暴力の渦に巻き込み、政治迫害の被害者は1億人とも言われる。10年間に及んだ文革は76年9月、毛沢東の死去で終結へ向かった。今年は文革発動から60年、終結から半世紀の節目にあたる。 党の暗い歴史であり、国内では今もタブー視されている。数少ないその痕跡を探して、私は東部・浙江省杭州市へ向かった。そこに文革中に謎の死を遂げた林彪の秘密基地があると聞いたからだ。謎の死遂げた毛沢東の後継者 林彪とは、毛沢東の傍らで文革を推し進めた人物だ。革命戦争で傑出した戦果を上げた軍人であり、69年4月に「毛沢東同志の親密な戦友であり後継者」と党規約に明記されるまでにのし上がった。 しかし、ナンバー2として存在感が増すほど、毛沢東は警戒心を募らせ、2人の溝は深まった。そして、71年9月、林彪は突如、家族らと航空機で国外脱出を図り、モンゴル領内で墜落、死亡した。これが中国現代史の大きな謎とされる「林彪事件」である。 党の公式説明では、空軍幹部の息子を中心に毛沢東の暗殺とクーデターを画策したが失敗し、ソ連逃亡を図ったとされるが真相は闇の中だ。 その林彪は亡くなる数カ月前に、国内屈指の景勝地である杭州市の西湖のほとりに「704工程」と呼ばれる秘密基地を完成させていた。「クーデター計画の拠点」との説もあり、現在は歴史的建築物として保存されている。地下に広がる「クーデター拠点」 森の中にある地下への入り口に足を踏み入れると、…この記事は有料記事です。残り1615文字(全文2330文字)【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>