「文明の裁き」か「勝者の裁き」か 専門家に聞く東京裁判

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インタビュー 松原由佳毎日新聞 2026/5/17 06:30(最終更新 5/17 06:30) 有料記事 2624文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷東京裁判の風景。裁判は旧陸軍士官学校の大講堂で開かれた 日本の政治的・軍事的指導者の戦争責任を問うた極東国際軍事裁判(東京裁判)から80年がたち、記憶の風化は加速度を増している。 戦火の絶えない今、歴史的裁判をどう捉えたらよいのか。また東京裁判に影響を与えたドイツのニュルンベルク国際軍事裁判はどのように国内で受け入れられてきたのか。 それぞれの裁判に詳しい日暮吉延・帝京大教授(日本政治外交史)と、芝健介・東京女子大名誉教授(ドイツ近現代史)に聞いた。 前中後編の中編です 前編:秦郁彦さんが語る東京裁判 後編:日独は軍事法廷をどう残してきたか(24日午前6時半配信予定)日暮吉延・帝京大教授 記憶の風化は一般的に批判の対象となりますが、あえて極端な言い方をすれば、忘れた方が対立の再生産がなくなるという見方も可能です。掘り起こすたびに摩擦が生じるからです。それほど日本では東京裁判を巡って長期間、政治的、感情的な議論が繰り返されてきました。 もちろん忘れ去ってはいけませんが、東京裁判を巡っては「文明の裁き」と「勝者の裁き」という二つの見方が対立してきました。 「文明の裁き」とは、日本の侵略と残虐行為の責任を「文明」的な裁判方式で追及したことを評価する裁判肯定論です。一方、「勝者の裁き」は戦勝国だけが判事と検事を出し、事後法を使ったことから勝者の「政治的報復」に過ぎないとする否定論です。なお、私は「文明の裁き」と「勝者の裁き」の双方の面を併せ持つという立場です。 東京裁判とニュルンベルク裁判では初めて侵略戦争の計画や開始などを国際法上の犯罪とする「平和に対する罪」が問われ、連合国の「正義」の規範で国際社会を安全にするという目的が一部に…この記事は有料記事です。残り1927文字(全文2624文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>