ストーリー 後藤豪毎日新聞 2026/5/17 14:01(最終更新 5/17 14:01) 有料記事 3413文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷研削機の前で包丁を確認する横山浩充さん=岐阜県関市で2026年4月9日、山崎一輝撮影 「自営業なら自分の物差しで自己評価できる」。岐阜県関市の刃物職人、横山浩充さん(51)はそう考えて父の下で家業に入ると決意、2004年に古里の関に帰った。ところが現実は甘くなかった。 全2回の後編です。 前編はこちら 「異端児」の刃物職人が切り開く 関の伝統産業の未来「下請けなんだから…」 1インチを研削する単価は3~4円で、包丁1本で20円くらいにしかならなかった。頑張って1時間100本。1日10時間働いても2万円だ。「半分経費で、日当は1万円くらいだった」。しゃにむに年間300日は働いたが、日々の生活は苦しかった。 結婚し子どもができると、賃金アップを父に求めた。少し上げてもらえたが、増えない事業収入の取り分を変えただけ。このままではじり貧になるのは目に見えていた。父と話し合いの場を設けたが「俺の言うことを聞け」の一点張りで先に進まなかった。 ある朝、工場の前に製品箱が積まれていた。その中には大量の鋼材。何の注文も受けていなかった。値段交渉する余地もなく、「下請けなんだからやって当たり前」という無言の圧力を感じた。 戦後、地域一体となった工業化と分…この記事は有料記事です。残り2929文字(全文3413文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>