「大大阪」支えたマルチ知性・片岡安 生誕150年に学ぶ先駆性

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大阪市中央公会堂=加古信志撮影 今年は常翔学園・大阪工業大学の前身、関西工学専修学校の創設者・初代校長で近代大阪の礎を築いた建築家、片岡安(やすし)(1876~1946)の生誕150年、没後80年にあたる。その節目の年に、同大OBの山口明夫・日本IBM社長が、経済同友会の代表幹事に就任した。 片岡は我が国の近代建築と都市計画のパイオニアであり、実業家、経済人(大阪商工会議所第13代会頭)、教育者、市長など、分野を超えた「大大阪」時代の先導者として活躍。一方、エンジニアから最先端企業のトップになった山口代表幹事は、経済界のリーダーとしてテクノロジーを活用した共助成長社会を提唱し、その姿勢は片岡とも重なる。Advertisement 山口代表幹事と西村泰志・常翔学園理事長、井上晋・大阪工業大学長の3人に、片岡の功績をたどりながら、ものづくりや実学の大切さ、テクノロジーによる社会課題解決、AI(人工知能)時代の大学教育の役割などを語り合ってもらった。(進行は宮崎泰宏・毎日新聞社大阪経済部長、敬称略) <主な内容> ・大阪・関西のポテンシャル ・「共助成長社会」の実現へ ・AIで変わっていく教育 関連記事 都市計画のパイオニア 100年先の大阪を見据えた片岡安建築家で教育者、経済・実業界でも活躍 ――1922年に片岡らが創設した関西工学専修学校の教育の基本方針は、「世のため、人のため、地域のために『理論に裏付けられた実践的技術を持ち、現場で活躍できる専門職業人の育成』を行う」というものです。まず片岡安とはどのような人物で、常翔学園、大阪工業大にとってどのような存在でしょうか。 西村理事長 建築家として辰野金吾と共同で大阪に建築事務所を開設し、大阪市中央公会堂(実施設計)や奈良ホテル、芦屋仏教会館などの多くの名建築を残しました。都市計画家としては、日本で初めて都市計画で博士号を取り、初の専門書も出版。都市計画の法整備や都市防災を早くから訴えました。また、経済界・実業界でも活躍したまさに文理融合のマルチな人でした。現場で通用する技術も重視し、そういう人材を育てようと学園を創設したのです。 井上学長 「大大阪」が発展しつつあった時に、大阪の都市開発、都市整備で大きな役割を果たし、代表的なものが御堂筋の拡幅工事や景観形成です。経済的に余裕のない学生のために夜学で1年で技術を学べる学校を作りました。 山口代表幹事 関西工学専修学校を創設するにあたり、何のためかを明確にし、それを技術に裏付けている点に強い感銘を受けました。学校も企業も、何のために存在するのかがしっかりとあってこそ、成り立つと私は思います。山口明夫・経済同友会代表幹事大阪・関西のポテンシャル ――学園が創設された大大阪時代の大阪市は、東京市をしのぐ大都市になりました。産業、教育の拠点としての大阪、あるいは関西のポテンシャルについてどうお考えですか。 西村 関西は大学や研究機関が集まっていて産学連携も進み、ポテンシャルは高いです。学会も首都圏より自由な雰囲気で、アイデアが出やすいように思います。それがノーベル賞受賞者の多いことにもつながっているのではないでしょうか。常翔学園は大阪に二つの大学(大阪工業大、摂南大)があり、大学や学部の枠を超えた教育研究に力を入れています。異分野同士が連携すれば、すごく発想が変わってきます。 ――どんな連携があるのですか。 西村 例えば私の専門は建築ですが、鉄筋コンクリートの模型に地震を想定した荷重をかけ、多くのひび割れを長時間かけて確認していました。情報科学部の先生に相談すると、「画像処理すれば簡単です」と言われて、そういう方法もあったのかと感動したのを覚えています。 井上 大阪にはものづくりを支えてきた優れた中小企業が多いです。そうした企業と連携することで、双方のパフォーマンスが上がります。これは関西圏の大きな利点です。西村泰志・常翔学園理事長「共助成長社会」の実現へ ――片岡は「技術で社会を支える」という意志のもと、近代化を支える技術者養成を目指しました。山口さんはIBMで、先端技術を社会実装し、デジタル変革(DX)を通じた社会問題の解決を推進されています。経済同友会トップとしても、AI戦略、医療・介護改革などテクノロジーを活用した「共助成長社会」の実現を打ち出しています。共助成長社会とはどのような社会ですか。 山口 みんなが幸せを感じるのは、一人一人に自分の居場所が社会の中、企業の中、学校の中、家庭の中にあるということだと思います。さらに活躍できる舞台もあること。でも経済成長は、人が居場所を感じ、活躍できる舞台があるための、必要条件ではあっても十分条件ではありません。困っていればお互い助け合い、人のためになることが、人として必要です。共助成長社会とは、成長も目指すけれど、お互いを助ける思いやりを絶対に忘れない社会です。 ――具体的に、どんなところで私たちは共助成長社会を感じられるようになるでしょうか。 山口 企業が変革を進め、経済成長で国の財政が豊かになると、社会保障制度なども充実する。このプラスのサイクルを必ず実現しなければいけませんが、取り残される人はいます。今でも子どもの人口は減っているのに、支援が必要な子どもたちは増えています。そこには何らかの問題がある。誰一人取り残さない社会づくりを担う子ども食堂などのNPO法人もたくさんあります。そういう団体と同友会や経済界が一緒に活動することも大きな共助です。 ――山口さんが実現しようとしている社会のためにも産学連携が重要になってきます。大学の知のリソースと企業の実装力とが連携したら、社会実装を速やかに実現できます。大阪工業大における産学連携の取り組みを具体的に教えてください。 井上 本学は産学連携を進めて社会実装につなげることに力を入れてきました。代表的なのが1986年に開設した八幡工学実験場(京都府八幡市)です。建築・土木でさまざまな構造物について実物に近い大きさで実験でき、実際に使える貴重なデータが得られます。企業との共同研究もできる大学の施設としては最大級で、今年で40周年です。枚方キャンパスに昨年完成したDXフィールドは大規模な空間を活用し、ドローンなどを用いた実験・実証ができます。災害場所を再現してロボットのデータを取るなど、企業・自治体とも連携し社会課題を解決する技術の検証や開発を進めています。井上晋・大阪工業大学長AIで変わっていく教育 ――AIなどのテクノロジーは急速な進展を見せ、社会を本質的に変えつつありますが、人に寄り添うテクノロジーの大切さは変わりません。次世代を育成する大学に求められる役割とは何でしょうか。 山口 私は理系・文系の分類にはあまり意味がないなと思います。必要なスキルは文理の枠を超えて常に変わり続けています。例えば、プログラミングでも、プログラム言語が変わるたびに一から学び直しますし、経営者になって経済や金利、マーケットのことを一から学びました。今、私は人生で一番勉強しています。大事なのは、学ぶ意欲や学ぶ楽しさを学生時代に身につけることです。会社に入ってお客様と触れ合い、勉強をして成長すると徐々に認めてもらえて、仲間が増えていきました。経営者でも本気で学び、取り組んでいる人には仲間ができます。チームで一つの社会課題を解決することを、学生時代に経験できたらいいですね。 西村 大阪工業大では鳥人間コンテストやNHK学生ロボコンへの出場など有志の学生が集まってやる学生プロジェクト活動が盛んです。 山口 仲間たちと一緒に経験することがいいですね。そういう活動では、何を学ぶ必要があるのか、自分に何が足りないかを考えます。大学のカリキュラムで知識を得る受け身の学びとは違います。 生成AIの登場で、おそらく大学の価値が大きく変わります。いわゆる偏差値を導き出しているのは昔の考え方で、従来の評価軸は大きく変わるだろうと思いますね。これまで会社では、社員に教えることを重視してきました。それは学んだ知識の延長線上に仕事があったからで、今はもう違います。 みんなが新しい課題に直面し、一緒に解決しなければならないのです。これからは、そんな社会で力を出せるコミュニケーション能力などに優れた学生を、大学には育ててほしいと思います。 井上 本学では授業形態でプロジェクト系のいわゆるグループワークを増やし、いろんなことに挑戦できる場を提供しています。また、これからはAIへの対応もしっかり考えないといけません。大学ですからAIを否定はしませんが、AIの答えを自分のものとして人に説明できることが大事だと学生に話しています。AIで教育は変わっていくだろうし、変わっていかないといけないと思います。大阪工業大梅田キャンパス内で学生たちと語り合う同大OBの山口明夫・経済同友会代表幹事(右から2人目)=大阪市北区で ――未来を担う後輩たちに山口さんは何を伝えますか。 山口 何事も無駄だと思わず、この学部だからとか、自分はこれが専門だからといって、挑戦する範囲を狭めるのだけはやめてほしい。自分が何をやりたいかを考え、ではどうするかを常に考えてほしいです。山口明夫(やまぐち・あきお)氏 1964年和歌山県生まれ。87年大阪工業大工学部経営工学科卒、同年日本IBM入社。2005年米IBM本社役員補佐。17年グローバル・ビジネス・サービス事業本部長、米IBM本社経営執行委員、19年日本IBM社長。経済同友会では22年副代表幹事、今年1月代表幹事。政府財政制度等審議会委員、大阪工業大客員教授なども務める。西村泰志(にしむら・やすし)氏 1950年愛媛県生まれ。73年大阪工業大工学部建築学科卒。76年同大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。同年大阪工業大工学部助手。講師、助教授を経て、99年教授。2013年工学部長・大学院工学研究科長。15年から学長。20年から常翔学園理事長。博士(工学)京都大学。18年日本建築学会賞(論文)。25年旭日中綬章受章。井上晋(いのうえ・すすむ)氏 1959年京都府生まれ。82年京都大工学部交通土木工学科卒。84年同大学院工学研究科交通土木工学専攻修士課程修了。95年大阪工業大工学部助教授、2002年教授。15年工学部長・大学院工学研究科長、19年教務部長。21年から学長。博士(工学)京都大学。近畿地方整備局、阪神高速道路などで技術評価の委員などを務める。