私のライフシフト:人生にもハーフタイムを…「とらばーゆ」元編集長の転機と現在地

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私のライフシフトストーリー 蓬田正志毎日新聞 2026/7/16 11:00(最終更新 7/16 11:00) 有料記事 2030文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷ライフシフトの経験を語る河野純子さん=東京都品川区で2026年6月25日、蓬田正志撮影 「好きなことを仕事にしよう」。そんなメッセージを読者に届け続けた女性向け求人雑誌「とらばーゆ」の元編集長、河野純子さん(62)は、40代で大手総合商社に転職した。しかし50歳を過ぎた頃、想定外の理由でプロジェクトが頓挫し、会社員としての働き方に疑問を抱いた。 大きな仕事ができなくなることにも悩んだが、退職。自分探しにも数年かかった。60歳を過ぎた今、河野さんがたどり着いた現在地とは――。 <主な内容> ・「とらばーゆ」退社した理由 ・会社員の立場に限界感じ ・一冊の本が転機に ・仕事を決めず53歳で退職33歳で「とらばーゆ」編集長 雑誌編集者を志し、大学卒業後の1986年4月、リクルートに入社した。ちょうど女性への雇用や待遇面での差別解消を目指す男女雇用機会均等法が施行された時だ。 最初の配属先は雑誌「週刊住宅情報」(現・SUUMO)の編集部だった。男女分け隔てない風土だったが、その分、仕事は多かった。 世の中はバブル景気にわき、広告も多く集まった。「世界一ページ数の多い定期刊行雑誌」としてギネス世界記録になったこともあるほど厚くなり、深夜まで働くことはざらだった。 体力が持たずに辞めていく人もいる中、河野さんは頭角を現し、33歳で「とらばーゆ」編集長に抜てきされた。 当時は女性求人に「25歳まで」などと年齢制限を設けている企業が多かった。「年齢なんて関係ない」。そんな問題意識を持ち、40代、50代で活躍している女性を取材して記事化する一方、営業部とタッグを組んで、年齢上限を設けずに求人を出すと掲載料を半額にするキャンペーンに取り組んだ。次第に人物や能力で採用する企業が増えた。 さらに育児休業制度が現在ほど整わず、女性が結婚・出産を機に仕事を辞め、パートなどで再び働き始めるM字曲線の谷が大きかった時代。多様な働き方が選べるよう「好きなことを仕事にして、スキルを磨こう」と読者に伝え続けた。 「(雑誌で)世の中を変えていく仕事はすごく面白かった」と振り返る。やりきって総合商社に転職 一方、編集長を10年以上続け、「もうやりきったかな」と思っていた頃、大手総合商社から誘いを受けた。転職のハードルは低く、「そっちの方が面白そう」と44歳で別の世界に飛び込んだ。 任されたのは新規事業の開発だ。これまでの経験を生かし、働く多忙な女性がおしゃれを楽しむためにインターネットで高級服を購入できる仕組みを手がけた。 「子どもに習い事をさせたいけど、送迎の時間がない」という共働き夫婦のニーズや国際化に向け、学童に英語教育などを組み合わせたアフタースクール事業にも取り組んだ。 だが、スクールを全国展開しようとした矢先、会社からストップがかかった。別の部門で減損が出るなどしたためで、「社長にでもならない限り、こんなこともあるんだな」と、雇われの身に限界を感じた。一冊の本が転機 そんな時、ベストセラーになっ…この記事は有料記事です。残り818文字(全文2030文字)【前の記事】「もう逃げない」父姉が法曹の元焼き鳥屋53歳、故郷で弁護士に関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>