「高市1強国会」会期末 前首相が語る皇室典範と「残る責任」

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インタビュー 吉井理記毎日新聞 2026/7/18 10:00(最終更新 7/18 10:00) 有料記事 2897文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷インタビューに答える石破茂前首相=国会内で2026年7月13日、幾島健太郎撮影 ひどい国会であった。 言うまでもなく国権の最高機関なのに、高市早苗首相は衆参予算委員会への出席をイヤがり続けてきたのはご存じの通り。 世論の反対も強い改正皇室典範も、まともな議論がないまま原案通りに成立した。 こんなことでいいのか? 前任者の石破茂さんに憤まんをぶつけに行った。典範改正に賛成したわけ 「退任した翌日、朝が来るのが本当にうれしかったんですよ。たった1年だったが、首相でいる間は毎朝毎朝、苦しかった。責任の大きさに身がふるえる思いでしたから」 インタビューは国会の会期末を控えた13日。 首相を退いて9カ月、石破さんは相変わらず多忙らしい。先月は天皇、皇后両陛下に随行し、欧州を訪れた。 折しも国会は高市政権による改正皇室典範が、多くの反対や懸念を無視して成立する運びだ。 石破さんも衆院本会議の採決で賛成しましたね? 「そうです。でも決してもろ手を挙げて、ではないんです」 眉間(みけん)にしわを寄せ、天井をにらみつつ振り返った。 典範改正は、現在は一般国民である旧皇族の男系男子に限って「養子」という手続きを経て皇族になることを可能とし、養子の子が男子なら、天皇になる資格を与える、とうたった。 「旧皇族の男系男子」というが、宮内庁によれば、今の陛下とは「36~38親等」もの隔たりがある。 世間では「他人」と呼ぶ間柄だろう。普段は論調の一致しない大手メディアもこぞって反対した。 「この問題、私は発言を避けてきた節があって……」と石破さん、珍しく視線を落とした。 父・二朗氏は戦前は内務官僚、戦後は鳥取県知事などを経て田中角栄元首相のつてで参院議員になった。 そして鈴木善幸内閣の自治相になり、すぐにがんが見つかる。 「父の手術の前夜のことです。父に呼ばれ、角栄先生あての手紙を託された。辞表でした。手術中に死ぬかもしれないと思ったのでしょう。父は『辞表を出さずに死ねば天皇陛下に申し訳ない』と言った。こういう親を私は持ったんです」 自分が育った環境を他人に押しつけるつもりはないが……と前置きして、さらに続ける。 「だから私には天皇陛下について述べることは恐れ多い、という気持ちがずっとある。でもあえて申し上げれば、…この記事は有料記事です。残り1977文字(全文2897文字)関連記事【最新記事】あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>