毎日新聞 2026/7/20 06:45(最終更新 7/20 06:45) 有料記事 1269文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷原発事故の被害の実態を、避難者へのヒアリングを通じて調査し続ける松井克浩教授=新潟市西区で2026年6月30日午後3時29分、浜田奈美撮影 1月に再稼働した東京電力柏崎刈羽原発6号機。再稼働を巡る新潟県民投票条例案は否決され、5月の県知事選でも争点にならず、原発立地県のリスクを県民が「自分ごと」として考える機会は失われ続けている。再稼働から半年を迎え、「自分ごと」にできる機会は訪れるのか。福島第1原発事故の避難者たちにヒアリングを続ける新潟大の松井克浩教授(社会学)に聞いた。見えなくなる避難者 この春松井教授がヒアリングした原発事故避難者の女性は、2011年3月の福島第1原発事故を受け、幼い子どもたちと福島市から新潟市に避難した「母子避難者」だ。 「何も学んでいませんね。二度と事故は起こらないとでも思っているのでしょう。結局、どれほど私たちが声を上げても原発は動くという失望を感じる」。女性は寂しそうにこう言った。 避難当時0歳だった下の子は今や高校生。時間の経過とともに避難者が「社会から見えない存在」になっている――。松井教授は話を聞くたびにそんな危惧を抱くという。 2004年の中越地震や07年の中越沖地震に関する調査結果を著作にまとめるタイミングで東日本大震災が起き、県内に1万人近く避難してきたことが調査の端緒だった。避難者を県民も自治体も手厚く支援している姿勢に「被災経験者であること」が関連していると考えたという。 柏崎市や長岡市などで調査を続けた実感として、「初期の数年、手厚い支援が続いたのは事実」と松井教授。だが、時がたつにつれて避難者から「まだ避難しているのかとの空気を感じる」とか…この記事は有料記事です。残り631文字(全文1269文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>