秋篠宮ご夫妻がパラグアイへ 移住90年、日系1世「感謝伝えたい」

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2026年8月18日 16時00分有料記事編集委員・島康彦パラグアイ訪問を前に記者会見で質問に答える秋篠宮さまと紀子さま=2026年8月13日午前11時34分、東京・元赤坂の赤坂東邸 日本人の移住90周年の節目に南米・パラグアイを公式訪問するため、秋篠宮ご夫妻は18日、羽田発の政府専用機で出発する。戦前から戦後の復興期、新天地を求めて移住した人たちに思いを寄せ、皇室は折々に現地に足を運んできた。高齢化した日系1世たちは、ご夫妻との対面を心待ちにしている。 秋篠宮さまは訪問前の13日の会見で「パラグアイと日本の友好の懸け橋となってきた日本人移住者、日系の人たちに敬意を表したく思います」と述べ、「2世3世以降の人たちとお話ができることを楽しみにしています」と語った。「さんとす丸」で神戸を出発したパラグアイ行きの移民=1936年6月18日、兵庫・神戸港 日本人のパラグアイへの移住が始まったのは1936年。世界恐慌後、ブラジルが国内失業者の増加などで移民受け入れを制限するなどの背景があった。移住は第2次世界大戦で一時中断されたが、1954年に再開され、現在約1万人の日系人が暮らす。 栃木県出身の松宮育子さん(87)は17歳だった56年に移住した。終戦から10年余がたっていたが、当時、国内では食糧難や土地不足が続き、将来への不安を覚える中、アメリカの雑誌で目にした海外の優雅な生活にあこがれた。「パラグアイがどんな国かはよく知らなかったけれど、とにかく外国に行きたかったんです」。親の反対を押し切り、高校を中退して現地に向かった。 オランダ貨客船での2カ月にわたる旅路。香港、シンガポール、アフリカ……。船が停泊するたびに初めて見る景色に期待は高まった。密林が広がる光景 「がんばるしかなかった」 だが、現地で目にしたのは夢…【この記事の続きが読める】有料記事が読み放題のスタンダードコースが初回1カ月無料!詳しくはこちら宅配紙面の購読者なら、ダブルコース半年割がお得です。詳しくはこちらこの記事を書いた人島康彦社会部|編集委員専門・関心分野皇室、こどもの問題、格闘技(プロレス)、演芸(落語、浪曲)関連トピック・ジャンルこんな特集も注目ニュースが1分でわかるニュースの要点へ8月18日 (火)GDP年率1.1%成長 4~6月期猛暑 認知機能低下にリスク大横浜高 渡辺元智元監督が死去8月17日 (月)米イラン「覚書」から60日血液がんを16種類に分類学童保育の待機児童数が減少8月16日 (日)終戦の日 首相「反省」使わず小泉防衛相、靖国神社に参拝25m泳げなくても先生に8月15日 (土)千葉豪雨8人死亡 1人行方不明きょう、終戦81年小中学校 授業数を削減可能にトップニューストップページへ兵庫県、再び起債許可団体 斎藤知事が言う「負の遺産」解消の先に10:35森高千里さん、熊本地震の被災地復興支援 事務所と1億2千万円寄付15:10赤字で書かれた「甘ったれんな」ゴルフプロ夢見た19歳は命を絶った5:00独自鹿児島の加工会社、返礼品牛肉で産地偽装疑い 詐欺など容疑で逮捕15:33那覇空港で自衛隊のF15戦闘機が立ち往生 滑走路1本が閉鎖15:05学校トイレも女子ばかり行列 議会で相次ぐ質問、比率見直し検討も9:00