全国戦没者追悼式で式辞を述べる高市早苗首相=東京都千代田区の日本武道館で2026年8月15日午前11時54分、滝川大貴撮影 「戦争の惨禍を繰り返させない」 81回目の終戦の日を迎えた15日、東京都千代田区の日本武道館で行われた全国戦没者追悼式典で、高市早苗首相が述べた式辞の一節だ。 これまでの首相式辞では「戦争の惨禍を繰り返さない」という表現だった。 なぜ、一文字変えたのか。 過去の式辞と比較すると、他にも「高市カラー」を意識した表現が目立つ。 首相の狙いは何か、専門家と読み解いた。「反省」いつから登場? 全国戦没者追悼式は終戦後に日本が独立を回復した1952年、吉田茂政権下で初めて実施された。戦後50年の節目に記者会見で「村山談話」を発表する村山富市首相(当時)=首相官邸で1995年8月15日、根岸基弘撮影 80年代までの首相式辞は「戦死」を美化、称揚する表現が多い。追悼式は、戦死者を顕彰する場としての性格が強かった。Advertisement 首相式辞が大きく変わったのは、93年の細川護熙首相のときだ。初めてアジア諸国の犠牲者に触れ「哀悼の意」を示した。 続く94年の村山富市首相は、戦争がアジア諸国に多くの犠牲を強いたとして「深い反省」に言及した。安倍首相時代に一変 しかし2013年の安倍晋三首相のときに式辞内容は一変。アジア諸国や「反省」への言及はなくなった。 20年の式辞では「積極的平和主義の旗の下、国際社会と手を携え世界が直面する課題解決にこれまで以上に役割を果たす」と述べた。全国戦没者追悼式で式辞を述べる安倍晋三首相=東京都千代田区の日本武道館で2020年8月15日午前11時54分(代表撮影) 21年の菅義偉首相は安倍氏の式辞を概ね踏襲したが、22年の岸田文雄首相は3年ぶりに「歴史の教訓」を復活。25年の石破茂首相は13年ぶりに「反省」に言及した。 一方、高市首相の式辞からは「反省」も「教訓」も消えた。 例年の式辞にのっとり戦没者を悼む言葉を述べた後、「戦争の惨禍を二度と繰り返させない」と続けた。 さらに「インド太平洋の輝く灯台として頼りにされる国になれる」と述べた。「日本は被害者」歴史観反映か 政治コミュニケーションが専門の奥田博子・関東学院大教授は「繰り返させない」という表現や、未来を意識させる言葉遣いに注目する。 「過去より未来に焦点を当てることで、侵略の歴史的事実をあいまいにしたい、歴史認識を争点化させないという狙いがあるのではないか」 日本近現代史に詳しい山田朗・明治大教授も「『繰り返させない』という使役の表現には、日本が過去の戦争を主体的に行ったのではなく、巻き込まれた被害者なのだという歴史認識が表れている」と批判する。 高市氏は95年3月、国会で戦争責任や歴史教育を巡って「私自身は当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりません」と答弁。以降も「日本の自存自衛のための戦争だった」という持論をメディアなどで展開してきた。「インド太平洋」隠された意図「昭和100年記念式典」で海上自衛隊東京音楽隊による演奏と歌唱を聞かれる天皇、皇后両陛下。右は高市早苗首相と木原稔官房長官=東京都千代田区の日本武道館で4月29日、後藤由耶撮影 また、高市首相は4月の昭和100年記念式典の式辞でも「インド太平洋の輝く灯台」という表現を使っている。 「中国の海洋進出をけん制する意図で構想された安倍政権の外交戦略『自由で開かれたインド太平洋』を連想させます」(奥田氏) 安倍氏の「後継者」だというアピールに加え、「アジア」への言及を避ける意図も透けて見える。 歴代首相の式辞の変遷は何を意味するのか。 山田氏は「日本の戦争責任への向き合い方は、これまでも特に日中関係の影響を強く受けてきた。歴代首相の式辞をたどるとそれが如実に見えてくる」と指摘する。【待鳥航志】