「戦友を思い出す」 ビルマの仏塔・パゴダ、四国との関係とは

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毎日新聞 2026/8/15 15:15(最終更新 8/15 15:15) 有料記事 1602文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「よう帰ってきたもんだ」と話しながら、戦友と写る写真を見る和田邦美さん=高知県土佐町で2026年7月7日午後5時12分、狩野樹理撮影 「よう帰ってきたもんだ」――。 7月上旬、山あいにある自宅で取材に応じた和田邦美さん(103)=高知県土佐町=が口を開いた。 和田さんは、太平洋戦争中に旧日本軍第55師団歩兵第144連隊第3中隊の一員として、1943年から終戦まで、太平洋戦争の激戦地の一つビルマ(現ミャンマー)で従軍した。「戦友を思い出す」という高知市内にあるビルマの仏塔・パゴダへも何度も足を運んだという。 和田さんがくぐり抜けたビルマ戦線とは。そして、和田さんが通い続けたパゴダとは――。 ビルマの仏塔、パゴダは兵士たちにとって、どのような意味を持っていたのでしょうか。生還者や遺族らに話を聞いた全5回連載の1回目です。 ・2回目 激しい追撃、生きるため「歩き抜けた」 ビルマ戦線生還者の記憶=16日15時15分に公開予定英印軍の攻撃退け 第55師団について詳しく知りたいと思い、同師団を構成する部隊の一つ、歩兵第112連隊(112連隊)に詳しい、元陸上自衛隊幹部の大西邦彦さん(79)=香川県丸亀市=を訪ねた。同市出身の大西さんは、郷里の部隊を調査しており、関連書籍や、遺族らから譲り受けた資料などを精査し、同連隊を中心に第55師団について調べてきた。 第55師団は、丸亀の112連隊▽徳島の歩兵第143連隊(143連隊)▽高知の歩兵第144連隊(144連隊)――などで構成され、40年に香川…この記事は有料記事です。残り1018文字(全文1602文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>