栄養を取らせねば 「国策雑誌」も料理家も奮闘した戦時下の食事

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朝日新聞記事2026年8月15日 15時00分有料記事田中聡子 食糧不足だった戦時下や戦後、日々の食事は社会の大きな関心事でした。あの頃、食をめぐりどんなことが起きていたのか。政府や専門家らの動きを、当時の朝日新聞の記事とともに振り返ります。広がった「国民食」 〈国民食の基準栄養決る 国民服と並んで登場する「国民食」の基準栄養などを決める「国民食制定栄養委員会」が食糧報国連盟主催で開かれ(中略)た〉(1940年11月21日付朝刊) 戦時下の食糧不足を背景に広まったものの一つに、「国民食」がある。大きなきっかけは1940年から食糧報国連盟が制定を進めた「国民食栄養基準」。中等度の労働をする成年期の男性なら、1日あたり「2400カロリー、たんぱく80グラム」などと掲げられた。食糧報国連盟が発行した「国民食栄養基準」の冊子。現在も古本屋でしばしば見かけることから「当時はこうした冊子をいろいろな場面で配っていたのではないか」と村瀬敬子さんは話す=村瀬さん提供 これ以降、「国民食」は栄養と強く結びつけられ、「適正な食」として使われるようになる。「我慢」も「栄養がある」と意味づけされる 戦争が激化する1943年に…【この記事の続きが読める】有料記事が読み放題のスタンダードコースが初回1カ月無料!詳しくはこちら宅配紙面の購読者なら、ダブルコース半年割がお得です。詳しくはこちら関連トピック・ジャンル関連ニュースこんな特集も注目ニュースが1分でわかるニュースの要点へ8月15日 (土)千葉豪雨8人死亡 1人行方不明きょう、終戦81年小中学校 授業数を削減可能に8月14日 (金)プーチン氏 北方領土を初訪問患者のX線画像、流出の疑いプールに「多目的更衣室」8月13日 (木)トヨタ元社長が死去日航ジャンボ機墜落から41年企業倒産が14年ぶり高水準8月12日 (水)イオン再入館「認めた」日航機墜落事故 きょう41年原爆ドーム 世界遺産30年トップニューストップページへ高市首相、「反省」「不戦の誓い」触れず 戦没者追悼の式辞12:01神風特攻隊と「十死零生」 ドローン時代に知覧から考える国家の責任13:00戦死「割り切れぬ」 父と指揮官の往復書簡 80年越しに遺族の元へ12:01一夜明けて語った大雨の恐怖と復旧への不安 千葉県を直撃した豪雨13:0050メートルのゴミ山、渋滞の損失1兆円 限界近づく世界最大都市11:00コカイン密輸容疑でアルゼンチン国籍の女逮捕 1キロ分のみ込んだか11:06