毎日新聞 2026/8/15 18:00(最終更新 8/15 18:00) 有料記事 2264文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷モンゴルに抑留された日本人が建設に携わった国立オペラ・バレエ劇場=ウランバートルで2025年7月6日午後7時14分、後藤由耶撮影 日本の敗戦後、旧満州(現中国東北部)などから民間人を含め1万人以上がモンゴルに抑留された。が、今日その事実を知る者は少ない。 この日蒙の「負の歴史」を長年取材してきたジャーナリスト、井手裕彦氏が『モンゴル抑留 見捨てられた死者たち』(角川新書・1320円)を刊行した。政策研究大学院大学の岩間陽子教授(国際政治)に書評を寄せてもらった。忘れられたままの日蒙戦 この書評は、8月15日に掲載される。週末の紙面は、第二次世界大戦を振り返る多くの記事で埋まるだろう。そして日常が戻ってくる。日本が降伏文書に調印した9月2日は、新学期の喧騒(けんそう)の中で誰にも思い出されずに過ぎていく。記憶している限り、日本の「終戦記念日」は毎年そのようにやってきて、過ぎていった。 しかし、8月15日の後も戦争は続いていたのだ。「戦争の記憶」を継承することはもちろん重要だが、その記憶の不完全さも時代と共に認識されなければならない。近年、日ソ戦がやっと注目されるようになってきたが、モンゴルとの戦争は忘れられたままだ。実は日本は、いわゆるノモンハン事件の時と、第二次大戦末期の2度、モンゴル人民革命軍と戦火を交えている。1945年8月10日、ソ連参戦の翌日、モンゴルは日本に宣戦布告した。その結果、多くの民間人を含む約1万4000名が戦後モンゴルに抑留され、そのうち約1700名が死亡した。しかし、公式にモンゴルと戦争をしたことになっていない日本において、「モンゴル抑留」はほとんど知られていない。 「シベリア抑留」という言葉はよく知られているが、この語も必ずしも正確ではない。ソ連に抑留された人々はシベリア以外の土地にも連れていかれた。現在のウズベキスタ…この記事は有料記事です。残り1544文字(全文2264文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>